想い~熟成
それから、数日後。
男が欅の木が見える辺りまで来ると その木の下に彼女の姿を見つけた。
男は、逸る気持ちを抑えつつ、足取りを変えずに欅まで辿り着いた。
「どうされたんですか?」
「お待ちしていました」
「わたしを、ですか?」
「ええ、ここに来たら お会いできる気がして」
「・・・・・」男にとっては嬉しいことだが、彼女が何の用だろうと思った。
彼女は、自分の軌跡を話し始めた。
笑顔を浮かべ、暗くならないように話す彼女がどうしても無理をしているとしか見えなかった。
話を聞くよりも いっそ抱きしめてしまいたい衝動が 何度も男を促したが、片思いを決めたあの日からの決意を自ら破りたくなかった。
彼女は、見た目と行動力と結婚への憧れとで夫となった彼を選んだと言った。
男は、衝撃的な告白に動揺したが、あの頃のことを振り返れば、当然だと彼女を野次る気にはならなかった。
そして、話の続きでは 彼が退職してから始めた事業は順調だが、二人の間に広がる溝を埋められず、半年ほど前に離婚したというのだ。
次に彼女が、言い出すだろう台詞が頭をよぎる。
(待てよ。僕は 彼女のその言葉に答えを出せるのだろうか)
「そうですか。いろいろあったのですね」
彼女は、男の態度に言葉を殺した。
「ごめんなさい。待ち伏せまでして聞いていただく話ではありませんね。聞いてくださってありがとうございました。じゃあもうこれで」
彼女の踵が返った。
男は、声を上げた。
「待って。今度の日曜・・・朝の十時にしましょう。ここで待っています」
彼女は、振り返らずその場を去って行った。