想い~熟成
一方的な約束の日までの数日も男は仕事に没頭した。することで願掛けをする気持ちだった。
日曜日。晴れ時々曇りの予報とはいえ、いつになっても青空は見えなかった。
約束の時間、男は欅の木へと出かけたが彼女の姿はなかった。
腰を下ろし、空を見上げる。曇っている空のせいで彼女は来ないんだと当たりどころのない思いを空にぶつけた。
目を閉じて、彼女を想う。
(このまま片思いでいいじゃないか。それが彼女には幸せかもしれない。もしかすると成功した彼と縁りを戻すことのほうがいいのではないだろうか)
男の髪が揺れた。ほかの部分に風を感じたわけではないのに髪先だけ何かが触れた。
薄目を開けた男の顔先に彼女の指があった。髪を揺らしたのは彼女の指だった。
「待ちぼうけ? 誰でしょうね、あなたを待たせるのは?」
彼女は笑う。男のいじけた思いが弾けて壊れた。
「誰でしょう。ははは。おはよう」
「おはようございます」
「いきなりですが、今日はわたしの話を聞いてもらおうかと」
彼女は、スカートをひるがえし、男の正面辺りの草の上に座った。
「はい、伺います」
男は、この欅の根元に缶を埋めたことを話した。とても大切なものだけど一緒に掘り出して欲しいと頼んだ。
彼女は頷き、楽しみだと言った。
男は、缶の中に何があるかは言わなかった。
もう腐っているかもしれない。どこかに逃げ出して行っているかもしれない。
彼女は、指先が汚れるのも 爪先に土が入るのも 拒まず掘り出した。
「これですか?」彼女は、掘り出し取り上げた缶の土をはらった。
「中身は何?」彼女は、膝の上に缶を置いた。
男が、仕舞い込んだ想いだと告げると、彼女は、真剣な顔つきになった。
「恥ずかしいけど『好き』と入っているはずです。開けてくれませんか? あなたの手で」
「私が開けていいの?」
「ええ、腐っているかもしれません。その時は諦めます。どうぞ」
彼女は、幾重にも貼られたテープを丁寧に剥がした。
そして、缶の蓋を開けた。