シログチ
「坊主頭なら野球をやってる奴に頼めよ。俺はもっと恐ろしいのをやってやるぜ」
「恐ろしいのって何だい?」
風間が興味深そうに近寄ってきた。
「三丁目のヤクザ」
またクラス中に爆笑が起こった。
「まじめに考えろよ」
「じゃあ、俺の両親が秋田の出身だから、『なまはげ』なんていうのはどうだ? 暗がりの中で『悪い子はいねえがぁ』ってやったら、一、二年生なんかチビッちゃうよ」
「おお、それいいかもな。いつかテレビで観たことあるぞ」
「うちに小せえ人形さあるから、そいつさ持ってくんべ」
良雄が東北訛りのイントネーションでおどけると、また笑いが湧いた。この時、良雄は笑いが心地よかった。他人と話して笑うことなど、ここ数カ月もなかったような気がする。
みんなと一つの作業をし、一体感を得る。これは塾では味わえないことだ。塾は常に競争社会であり、周囲はすべて蹴落とすべき敵だった。交わすあいさつも、偽りの笑顔に過ぎない。
それが今はどうだ。そんなしがらみから解放され、心の底から笑い、人と人との触れ合いができる。そこから人は多くのことを学び、感じ取っていく。他のみんなにとっては当たり前のような時間が、良雄にとっては至福の時間となっていたのだ。
きっと広瀬先生も、これを良雄に体験させたかったに違いない。
「よし、『なまはげ』作りはまかしたぞ」
風間がニヤッと笑った。良雄もニヤッと笑い返した。
そんな二人のやりとりを広瀬先生は、少し遠い場所で微笑みながら眺めている。
悦雄は野地が新規の生活保護ファイルを仕上げるのを、ただひたすら待っていた。
野地は必死の形相でパソコンに向かっている。いや、野地だけではない。この市役所の生活福祉課のほとんどの課員が残業組だ。生活保護の現場とは常に残業の嵐なのだ。下手をすれば土日も出てくる者もいるくらいである。そこに安穏とした公務員の姿はなかった。
「宮川、下平さんの過払いどうするんだ? このままじゃ、地方自治法第159条による戻入か、積み上げ認定だぞ」
悦雄がボソッと呟いた。宮川と呼ばれた中年の職員がハッとして顔を上げる。机の上には数冊のケースファイルが散乱している。
「戻入や積み上げ認定は厳しいですね。何せ、冷蔵庫がぶっ壊れて新しいのを買いましたから」
「じゃあ、法第80条免除か? だったらきちんと検討でその理由を書いておけ」
「はい」