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シログチ

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 それでも中年女性はブツクサ何か言いながら、1300円を無造作に置いた。房子はそれを、恭しくでもなく、掻っ攫うようでもなく、レジの中へと放り込んでいく。レジから2円のお釣りとレシートが吐き出された。
「ありがとうございました」
 口元は笑っているが、目は決して笑ってはいない。房子の笑顔は作り物だった。
 房子はこれも良雄の将来のためと思って我慢しながらも働いている。しかし、最近はどの顔が自分の顔なのかも既にわからなくなっていた。
 泣くこともなく、ただ作り笑いだけの生活が自分を蝕みかけているような気がした。
 先日、ふとラジオから懐かしい曲が流れたことを思い出す。井上陽水の「灰色の指先」という曲だった。アルバム「White」に収録されたこの曲は、地味な印象だが強烈な個性を放っている。
 房子は井上陽水のファンだった。個人的に「White」は好きなアルバムで、よく聴いた。
 そんな歌詞の主人公に自分を重ねてみる。プレス加工で指紋もなくし、街の雑踏に紛れて見えなくなる歌の主人公と自分の境遇がどことなく似ていた。
 時々、すべてを投げ出してしまいたい時がある。町中で大声を上げて叫び出したい衝動に駆られる時がある。
 房子には今を変える「何か」が欲しかった。それは手を伸ばせば届くところにありそうだが、手を伸ばす勇気もなかった。「何か」とは、もしかしたら、表面上はすべて丸く収まっている今を、すべて壊してしまうもののような気がしたのである。それはやはり「White」に収録されている「青い闇の警告」のような気がしてならなかった。
「ありがとうございました」
 房子はまた作り笑いで客を送り出す。
「いらっしゃいませ」
 そしてまた、客を迎える。それはベルトコンベアに乗せられているのと、なんら変わりはなかった。

 男子のみんなが一斉に段ボールを切り始めた。良雄も同じように、段ボールを切る。学校祭で良雄のクラスは「お化け屋敷」をすることになっていた。まずは迷路作りだ。女子は衣裳を作ったりしている。
「渡辺は最後まで抵抗したから『ぬらりひょん』でもやってもらうか?」
 風間が笑いながら言った。するとすぐに「じゃあ、頭を丸めないと」と言う奴がいる。
 クラス中が爆笑の渦になった。
 良雄は一瞬、ムカッときたが、今その態度を表に出せば損をするのはわかっていた。
作品名:シログチ 作家名:栗原 峰幸