シログチ
生活保護は生活に困窮するすべての国民を対象とはしているが、資産やその能力をすべて活用することが条件となっている。この男の場合、活用すべき稼働能力を恣意的に拒否したわけであるから、保護の申請が却下されても致し方ないと一般的には言えよう。生活保護とは国民の税金を無償で与え、自立に導かねばならない。その審査が厳しいのは当然のことである。
一見すると、悦雄の吐いた言葉は非常に厳しいように思える。しかし、これはこの男に真の自立へと導いているのだ。そして、これが福祉事務所の現場の真の声なのである。
「だから、もう一度頭下げて雇ってもらうしかないね」
男のすすり泣く声が市役所のロビーの片隅に響いた。
悦雄は心得ているのだ。これ以上の恩情をかけても、男のためにはならないと。ここは男が自分自身の力で困難を脱出するより他はなかった。
悦雄は踵を返し、男に背を向けると、再び野地に尋ねる。
「この姉と共有名義の山林なんだけどね、法第63条による返還の対象となることを前置しておかないとならないね。その辺を注意してもう一度、新規記録を書き直してくれるかな?」
「えーと、障害年金と障害者加算のイ、それと山林の法第63条前置と。わかりました」
「ところで、明日の決裁で法定期限の14日だぞ」
「あ、いけね。また圧力団体から電話攻撃もらうところでした。今日も残業、がんばりまーす」
野地がややもすると卑屈な笑いを浮かべて背伸びをした。その背中を悦雄がドンと叩く。そして小声で囁いた。
「さっきみたいな奴は俺に任せていいよ」
「ありがとうございますっ!」
野地が深々と頭を下げた。悦雄はニヤニヤ笑いながら給湯室の方へ消えていった。
房子は愛想笑いを浮かべながらレジを打っていた。とは言ってもバーコードを機械が読み取り、客の売上額がレジに表示される。それを機械の手先となって復唱するのだ。
「1298円でございます」
小太りの中年女性が目を少し吊り上げて、房子を睨んだ。
「ちょっと、マグロの中落ち、特売の価格になってる?」
「はい、480円となっております」
房子はこのテの客の対策のために、目玉商品の価格くらいは覚えておくようにしていたのだ。