シログチ
「だから、そのことにつきましては私が担当ですから」
若い職員が窓口越しにそう言うが、男の威圧的な態度は変わらない。
「うるせえ。オメエは口答えするんじゃねえ。市長を出せって言ってんのがわかねえのか、この野郎!」
若い職員は肩をすくめ、チラリと後ろを見やる。その視線の行く先は係長、渡辺悦雄だった。
悦雄は男を無視していた。ただ寡黙にケースファイルという書類に目を落としている。
「野地君!」
悦雄が男の対応をしていた若い職員を呼び付けた。家では決して見せることのない、厳しい目付きだ。
「この新規ケースなんだが、就労中の発病だから障害年金とれるかもしれないね。精神保健福祉手帳2級所持だから障害者加算のイがつけられるよ」
野地が「はあ」と生返事を返す。
「ちょっと、コラァ! こっちはどうしてくれるんだ?」
業を煮やした男が、窓口をドンと叩いた。さすがに電算機を打っていた女性職員が「きゃっ!」と声を上げた。
「あほんだら。昼間から酔っ払って市役所の窓口、来る奴が税金で飯食えるわけないだろう!」
悦雄が立ち上がりながら、男を睨みつけた。悦雄はそのまま男に近づいていく。
「この野地はな、あんたのために何度も職安に一緒に行っただろう? そうしてやっと決まった仕事を蹴っておいて、生活保護を頂戴っていうのはおかしいんじゃない? 納税者の皆さん、納得しないよ。あんたの生活保護の申請が却下されたのは当然だね。最初に言ったでしょう。働ける場合は働きなさいって。それが条件だからね。今からでも頭下げて雇ってもらわなきゃ、あんた本当に日干しになっちゃうよ」
「じゃあ、あんたは俺に死ねって言うのか?」
「そうは言わないよ。でも自分で道は見つけるんだね。とにかくあんたは保護を受ける資格がない。現に生活に困ったと言いながらも、酒を飲む余裕があるんだからね」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだよぉ」
男は急にベソをかきはじめた。悦雄は知っている。得てしてこのタイプの男は自暴自棄になりやすく、依存的であることを。そのくせにプライドだけは人より高かったりするから始末が悪い。実際、この男は生活保護を申請し、金銭がないと訴えるにも関わらず飲酒をしては市役所の窓口で苦情を訴えるのだ。野地はこの男のために職安に足繁く通い、仕事をみつけたのだが、それを理由もなく断ったのだ。