シログチ
父親が狼狽するのがわかった。空気が一瞬、濁ったのだ。和らいだのではない。意表な問いかけにより混ざった不純物が、張り詰めた空気を濁らせたのだ。
「親として統一した意見を持ってきてくれなきゃ、俺はお父さんとお母さんのどっちを信じればいいのかわからないじゃないかっ!」
良雄はそう言い捨てると、ベッドに身を投げた。
扉の向こうでは父親が呆気に取られた顔をして、立ち尽くしているのだろう。良雄には何となくそんな、弛んだ空気が伝わってくる。
ギーィッ、キューッ、ギーィッ。
軋んだ音を立てて、悦雄が階段を降りていく。心なしかその音が寂しげだ。まるでむせび泣くかのようなその音は、悦雄の心の嗚咽なのだろうか。
良雄はその音を聞いていた。胸に染みる音だった。心の隙間から入り込み、骨の髄まで染み入る音だった。
翌日の帰りのホームルームは、まるで裁判のようだった。
「渡辺だけだよ。学校祭に協力しないのは」
クラス委員の風間に言い寄られ、良雄は身体が5センチほど後ろにのけ反った。クラスのみんなも良雄に冷ややかな視線を向けている。
(嘘だろ、おい。及川や笹山も塾を優先するって言っていたじゃんかよ)
頼みの綱の及川や笹山は下を向いている。きっと風間の熱意に屈したのだろう。
「このままじゃ、君はみんなにクラスの一員として認めてもらえなくなるぞ。それでもいいのか?」
風間は更に詰め寄った。
「まあまあ、風間も熱くならないで」
担任の広瀬先生が風間を制した。しかし、広瀬先生とて必ずしも良雄の味方であるわけではなかった。
「なあ渡辺、学校祭と言ったら、クラス一丸となってやる行事だ。しかも今年は小学校生活最後の学校祭だ。みんな、思いを一つにしてやり遂げたいんだよ」
広瀬先生が良雄の肩に手をポンと置き、諭すように言った。
針のむしろだった。四面楚歌とはこのことを言うのかと、良雄はワークブックにあった四字熟語を思い出す。こうなっては協力せざるを得ない。本意ではないが、塾は諦めることにした良雄だった。
「テメエじゃ話になんねえんだよ。市長を出せ、市長を!」
市役所の一階の隅でわめいている男がいる。白髪でやや小太り、身なりは薄汚い。男から立ち込める臭い。それはアルコール臭だ。男は真っ昼間から酒を飲み、市役所の窓口で文句を言っているのだ。