シログチ
「俺がいるから、うちの職場は成り立っているんだ。所詮、女のお前に言ってもわからんだろうがな」
「あら、私だってパートに出ていることをお忘れにならないでくださいましよ」
房子の声がヒステリックに引っ繰り返った。
「スーパーのレジ打ちと生活保護の仕事を一緒にしないでくれよ」
「そもそもあなたの稼ぎが少ないから、私が良雄の塾の費用を稼いでいるじゃない」
「その塾なんだが、わざわざ中学から私立に行かせる必要があるのか?」
その言葉に良雄自身がギクッとした。
「あなた、何を言い出すのよ。今更」
「何か、親の敷いたレールの上を歩いているようで、良雄自身の主体性が見えてこないんだよな」
良雄は耳も塞ぎたかった。だが、この会話の顛末を聞いていたい気もする。ヤジロベエのような危うさで、良雄の心は揺れ動いていた。
「あなたのように、公務員になれたはいいけど、万年係長じゃあ良雄だって可哀想ですからね。ちゃんと、いいところの大学に入って、いいところに就職して」
「意外とエリートはつまずくと後がないぞ。それより、あいつ自身はどう考えているんだろうか?」
「そりゃあ、受験するつもりでいますよ。今日だってクラス委員から学校祭の手伝いのお誘いがあったんだけど、断っていますからね」
「何? それを許したのかっ!」
悦雄の声が一段と大きくなった。ここで良雄はついに目ではなく、耳を塞いだ。
激しく言い合いをする父と母の声を遠くに聞きながら、やり過ごす。
塾のために学校祭の準備を断った自分の判断は、その時は正しかったと良雄は思っていた。しかし、現実にはそのことで父と母が言い合いをしている。
「くうぅぅぅぅ!」
良雄が歯を噛み締めた。歯痒く、こんな釈然としない思いはいつ以来だろうか。
ドスン、ドスン、ドスン!
無骨な足音が階段を上ってくる。
ドン、ドン!
荒々しく良雄の部屋のドアが叩かれる。
「良雄、ちょっと話がある。出てきなさい」
「学校祭のことだろう?」
良雄が扉を睨みながら言った。
「そうだ」
悦雄の剣幕は、荒い鼻息まで聞こえてきそうだった。
「それって、お父さんの意見、それともお母さんと話し合って折り合いをつけた意見?」
良雄は椅子から腰を上げることなく、扉の向こうにいる父親に向かって吐いた。
「えっ?」