シログチ
しかし、良雄はその芸を認めていたわけではなかった。ただの流行で廃れるのは時間の問題だと思っていたのである。自分で芸人のネタを真似しながらも、どこか値踏みをし、軽蔑していたのである。
芸人のネタはただ友人との会話をつなぐ道具に過ぎなかった。
(友達、友達かぁ……)
良雄は心の中で深くため息をついた。
「あ、そういえば、さっきクラスの風間君から電話があったわよ」
房子が良雄の背中にそう声を掛けた時、良雄はカレーライスを食べ終わっていた。
「学校祭のことだろ?」
皿をシンクに無造作に置きながら、良雄が尋ねた。
「そう。明日の放課後、クラスで準備するから手伝ってくれないかって言っていたんだけど、塾があるから無理って断っておいたわ」
「昼間も電話があって断ったんだ」
「そうよね。私だって、パートに働きに出て塾代稼いでいるんだから、中学受験に向けて頑張ってもらわなきゃ」
良雄はそれには答えず、塾のバッグを手にすると、二階へ上がろうと廊下へ出た。居間からは煎餅を齧る音が聞こえた。
するとそこで玄関が開いた。父親の悦雄の帰宅である。
「ただいま。良雄は今日も塾通いか。毎日、精が出るな」
悦雄の目尻が少し垂れている。その瞳は慈しみにも似た色を湛えていた。
「おかえり。父さんも毎日、残業大変だね」
良雄はボソッと呟くと、バッグを抱えて二階へと上がった。
良雄は自室のデスクへ向かうと、ワークブックを開いた。塾通いをしてなお、まだ勉強をしようというのか。
良雄のシャープペンシルを握る手が機械のように動いていく。確実に、決められた時間内に問題をこなし、回答を記入していくその様は勉学というより、技術に近いものがある。そう、良雄は受験というイベントを成功させるための技術者として養成されつつあるのだ。
一通りの流れをこなし、良雄がシャープペンシルを置く。その目はやや充血気味か。
「はあ」
少し疲れたのだろうか。良雄の口からため息が漏れた。両手で瞼を覆い、しばらく動かぬ。
こうした時、人間とは他の五感、特に聴覚などが鋭くなるものである。今、良雄の耳はあらゆる雑音を捉えていた。
「まったく、万年係長なんだから、残業なんてしなくてもよさそうなものを」
母親の房子の厭味たっぷりな愚痴が聞こえる。