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シログチ

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 悦雄も叫んだ。イシモチ釣りに使用する竿は胴調子と言って、竿の中央付近から曲がるように設計されている。だから、魚が掛かると、大きく曲がり込むのだ。逆に言えば、それは魚に違和感なく餌を食い込ませるには、もってこいの調子とも言える。
「よし。巻いてみろ」
 悦雄の指示で良雄がリールを巻く。
「魚が暴れたら慎重にゆっくりとな」
 その間にも竿先はグイグイと絞り込まれ、その軋む音が聞こえてきそうだ。水を切って上がってくる新素材のカラフルな編み糸が滴を垂らす。それが眩しく光る海面に小さな波紋をいくつも作った。
 やがて銀色の魚が水面下に見えてきた。それは光を嫌うように暴れまわりながら、もがき苦しんでいる。
「そのまま、抜き上げちゃえ」
 良雄は竿をグイと持ち上げると、仕掛けごと魚を抜き上げた。振り子のようになった魚は、キャビンへと勢いよく叩きつけられた。その魚を悦雄がムンズと掴む。
「わあ、イシモチだ!」
 良雄が嬉しそうに叫んだ。それは紛れも無く、先日の食卓を飾った魚だったのである。
「その魚、鳴いているわよ」
 房子が不思議がるように言った。耳をすませば、イシモチからグーグーという音が聞こえているではないか。
「そう。この魚はグーグー鳴くんだよ。この鳴き声が愚痴に聞こえるからグチって呼ばれるんだ」
 悦雄はそんな説明をしながら、釣り針を外した。そしてイシモチのエラブタを露出させると、その付け根にハサミを入れた。そうしてイシモチをバケツの中へと放る。するとイシモチは放血しながら、白い腹を見せて浮かんだ。
「あーあ、残酷ーっ」
 良雄がその様を見て、思わず呟いたものである。
「どうせ食べる時には、腹を割くんだ。こうして血抜きしないと、生臭くなるんだよ。それに身も締まる」
「それでこの前のイシモチは締まりがなくて、生臭かったのね」
 房子は納得したように言った。
「そういうこと。釣ったイシモチは魚屋で買った物とは別物だよ」
 悦雄が良雄の仕掛けに装餌をしていた時である。
「私の竿にもきたみたい」
 見れば、房子の竿先が震えている。
「おっ、本当だ。まだだぞ。まだ」
 悦雄はリールを巻こうとしている房子を制した。
 コツン、コツン、ギュイーン。
 一気に竿先が絞り込まれた。
「よし、今だ。巻け!」
作品名:シログチ 作家名:栗原 峰幸