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シログチ

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 今の船には魚群探知機が付いている。昔は経験と勘だけに頼らざるを得なかった魚の居場所も、こうして見つけることができるのだ。しかし、魚がいるからと言って、必ずしも釣れるとは限らない。そこはやはり経験がいる。船長にしても、広い海の中を闇雲に捜し回っているのではない。長年の経験と知恵があってこそである。
 船が数回、旋回すると船長がキャビンから顔を覗かせた。
「はい、どうぞ。底付近に反応が出ていますからね。仕掛けを落としたら、しばらく馴染ませて、アタリがなかったら、ゆっくりしゃくるように誘ってみてください」
 その声を合図に、皆、一斉に仕掛けを海中へと投入した。
 悦雄は仕掛けの投入を見送り、房子と良雄に餌を付けてやる。餌はアオイソメだ。ムカデを小さくして、緑色にしたような生物を想像していただければわかりやすいだろう。
「さあ、クラッチを切って」
「クラッチって何よ?」
 悦雄がそう言っても、房子は釣り用語がわからず、もたついていた。
「お母さん、リールのレバーだよ。そこを押すんだよ」
 言われるがままに、クラッチを切ると、緑色のムカデは踊りながら海底へと沈んでいく。
 見れば、野地の竿先が早くも震えていた。野地がすかさず合わせを入れる。釣りでは「合わせ」という動作がある。魚が釣り針に掛かった時、竿を立てるものだ。
「あーあ、野地、それスカだぞ」
 悦雄がほくそ笑みながら呟いた。
「あれー、あれほど激しくアタッたのになぁ」
「イシモチは向こう合わせの釣りなんだよ。魚が掛かっても、しばらくは辛抱強く待たなきゃダメだ。少し糸を送り気味でもいいと思うぞ。そのくらいデリケートな魚なんだ」
「へえー」
 野地は感心したように頷きながら、仕掛けを上げた。そして餌を新鮮なアオイソメと交換する。
「イシモチって奴は餌の端からネチネチと少しずつ食っていくんで、なかなか食い込まないんだよ」
「まるで、うちの課長の小言ですね」
「あははは、そう言われてみれば、そうだな」
 今度は良雄の竿がガクガクと震えた。柔らかい竿先が海中に突き刺さりそうだ。
「あっ、お父さん、きてる、きてるっ!」
 良雄が叫んだ。
「まだだ!」
作品名:シログチ 作家名:栗原 峰幸