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シログチ

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「イシモチはな、頭の中に石があって、それで『イシモチ』って言うんだ。釣り上げると、ウキブクロをグウグウ鳴らして鳴くんだ。それが愚痴を言っているみたいなんで『グチ』と言うんだよ。関東で獲れるのは主に『シログチ』って言われている種類だ」
 悦雄は釣りや魚の話になると、夢中になる。今まではあまり耳を傾けなかった房子だが、今日は真剣に聞いている。
「私もこの魚のように愚痴を言いたいわ」
「どんどん言えばいいさ。そう言えば、最近はみんな、時間帯がすれ違って夕食さえ一緒に食べることがなかったな」
 悦雄がしみじみと言った。心なしかその瞳は潤んでいるようだ。
「この魚、美味しいよ」
 良雄がポツリと言った。良雄は俯いている。
「えっ?」
 悦雄と房子が良雄を見た。
「どんなに豪華な食事だって一人で食べると不味いもん。このイシモチだって、みんなで食べれば美味しいよ」
 良雄の箸が震えていた。
「そうか」
 隣に座る悦雄が、良雄の肩を抱き締めた。
「良雄、ごめんね」
 房子がエプロンで涙を拭った。そして、箸を持つ手の上から、強く手を握った。
「よし、今度の日曜日、みんなで釣りに行こう。狙いはシログチだ。実は市役所の愛好会で計画があってね。企画の相談に乗っているんだ」
 悦雄が良雄の肩を叩きながら言った。
「釣り? もしかして、あのイソメとかいうムシを付けるの?」
 房子がしかめっ面をする。だが、悦雄は言い出したら後へは引かない。殊更、釣りに関してはそうだ。
「大丈夫。俺が付けてやるよ」
「船酔いはしない?」
 今度は良雄が心配そうに尋ねる。
「東京湾は波が穏やかだし、酔い止めを飲んでおけば大丈夫だよ」 
 悦雄がにこやかに答える。房子と良雄は顔を見合わせた。
 実は良雄は日曜日、塾の模擬テストがあったのだ。しかし、今の良雄の心は釣りに傾いていた。
「家族で出掛けるなんて、いつ以来かしら?」
 その房子の言葉に悦雄と良雄の顔がほころんだ。

 翌日の朝、市役所の給湯室に二人の男を見ることができる。無論、悦雄と田崎だ。
「なあ、今度の竿鱗会なんだが、シログチにしないか?」
 悦雄が湯飲みに入った茶を啜りながら呟いた。
「シログチって、イシモチのことだろう? イシモチか、イシモチねえ」
 田崎の態度は煮え切らない。腕組みをして、深く考え込んでしまった。
「何か、不満か?」
作品名:シログチ 作家名:栗原 峰幸