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シログチ

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 房子は釈然としない胸の内をぶつけるがごとく、魚の喉元に包丁を入れた。あまり手入れのされていない包丁ではあったが、柔らかいその身は銀色の刃をすんなりと受け入れてくれた。
(締まりのない魚だこと)
 房子は包丁を入れながら、そんなことを思ったりもした。ドロッとした血液が流れ出した。

「ただいまー」
 玄関を開けて悦雄が帰宅した。
「父さん、お帰り」
 良雄が居間から顔を覗かせる。房子は一言も発さない。
「おう良雄、お前、今日の塾はどうした?」
「学校祭の準備を結局、手伝ったんだ」
「そうか」
 悦雄の目尻が下がった。そして、手が良雄の頭に伸びる。
「今日は早かったのね」
 房子が捌いたイシモチに塩を振りながら、肩越しに言った。その言葉に抑揚はなかった。
「ああ、電算がストップしちゃってね。今日は早仕舞いだ。それはそうと、それはイシモチじゃないか?」
「そうよ。スーパーの魚屋でもらったのよ」
「魚屋のイシモチか」
 悦雄が渋い顔をした。
「何か不満?」
 房子が振り向き様にキッと悦雄を睨んだ。悦雄は肩をすくめておどけてみせる。その仕草がまるでピエロのようだ。
「母さん、機嫌が悪いな」
 小声で囁きながら、悦雄が良雄の脇腹を突ついた。
「俺が今日、塾に行かなかったからね」
「やっぱり、それか」
 悦雄がニタッと笑った。
「何をコソコソ話しているのよ。一体、私は何のためにスーパーでパートをしていると思っているのよ。それもこれも良雄の塾のためじゃない!」
 イシモチをコンロに入れた房子が泣きそうな声で叫んだ。房子にとっては自分の働く意義が、今までの時間が否定されたような気持ちになっていたのかもしれない。
「まあまあ」
 悦雄が房子の肩を叩いてなだめる。だが、房子は肩を振って、頑なに周囲の空気を拒絶しようとしている。
「父さんも母さんも秋田の出身だったよね。『なまはげ』について教えてよ」
 その良雄の言葉に房子が顔を上げた。頬に一筋の滴が流れている。そこだけ化粧がはげ落ち、肌の色が変わっている。
「いいとも。だが、何で知りたいんだ?」
 悦雄が興味深そうに尋ねた。
「今度の学校祭でお化け屋敷をやるんだけど、俺は『なまはげ』をやることになったんだ」
 良雄が得意そうに言った。その言葉を聞いて房子が悦雄の顔を見た。悦雄も房子の目を見つめ返す。二人はニコッと笑って頷いた。
作品名:シログチ 作家名:栗原 峰幸