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シログチ

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「もう竿鱗会のシーズンか。早いものだな。この前、六月にシロギス船を仕立てたばかりだと思っていたのに、もう十一月だものな」
 竿鱗会とは市役所の釣り好きで作っているサークルで、年に二回ほど仕立船で沖釣りを楽しんでいる。無論、悦雄もメンバーの一人だ。田崎が今回、それの幹事だということである。
「そうなんだよ。走水のアジが釣りたいって言う人がいるんだけどさ。電動リールを持っていない人から反対意見も多くてね」
「そりゃ、そうだろう」
「かと言って、落ちギスにはまだちょっと早いし、ライトタックルアジなんかどうかと思うんだけど、お前の意見も聞きたくてさ」
「そうだなあ」
 悦雄が腕組みをして考え出した。しかし、机に向かっている時の深刻さはない。
「係長、新規のケースファイル、できました!」
 そこへ晴れ晴れとした表情の野地が飛び込んできた。
「悪い。一晩、考えさせてくれ。田崎は今、下水道課だったよな。内線は何番だ?」
「386」
「じゃあ明日、電話するよ」
 悦雄の足がもう自分の机の方へ向きかけていた。
「悪いな、邪魔しちゃって」
 その田崎の声はもう、悦雄の耳には入っていなかった。何やら野地と話をしている。そんな悦雄の背中を、田崎は笑いながらも、優しい目で見送った。

 良雄と房子が帰ったのは、ほぼ同時だった。
「あれ、良雄、塾じゃなかったの?」
 まだランドセル姿の息子の姿を見て、房子が驚いたように声を上げた。
「いやー、まいったよ。クラスで吊るし上げられてさ。結局、学校祭の準備を手伝う羽目になっちゃった」
「何ですって? そんなことされたの、お前? すぐ学校に苦情の電話を入れてあげるわ」
 血相を変えた悦子が電話に飛びつこうとした。だが、それを良雄が制した。
「やめてよ、母さん。もういいんだ。もういいんだよ」
 そう叫んだ良雄の顔は晴れ晴れとしていた。しかし、房子の顔から曇りは取れていない。
「だって良雄、あんたは中学受験に向けて今が大切な時期なのよ」
「卒業に向けても大切な時期でもあるんだ」
「はあーっ」
 房子は深いため息をつくと、銀色の光沢を放つ魚に目を落とした。スーパーの若者からもらったイシモチだ。房子はそれ以上、会話をしようとはせず、キッチンへと向かった。
 パックから口を半開きにしたイシモチを取り出す。少し生臭い魚の臭いが鼻先をかすめた。
作品名:シログチ 作家名:栗原 峰幸