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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ヴァーミリオン-朱-

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 呪架は息を呑んだ。
「妾の娘子たちは遠い場所におる。帝都政府に幽閉されて居るといふのがわかり易いじゃろう」
「お母さんは死んだんじゃないのか?」
「死と消滅は意味が違う。消滅といふのはアニマまでも滅びること。肉体が滅びているだけならば、黄泉返りは可能じゃが、問題は娘子たちのアニマが降霊術では呼び出せぬ、〈裁きの門〉の奥に幽閉されているといふことじゃ」
「とにかくお母さんが黄泉返る可能性はゼロじゃないてことだろ?」
「蘭魔の傀儡と妾の研究していた〈ジュエル〉法を組み合わせれば器はできる」
 その〈ジュエル〉法とは、呪架がこの屋敷に来てから成し遂げようとしていた方法だった。
 しかし、それだけでは黄泉返りは不可能だ。
「じゃが、器を完成させても、肝心のアニマ――娘子たちを助けに行かねばならん。それに妾は傀儡をつくることができぬ。そこで相談なのじゃが……」
 呪架は頷く。
「わかった、俺らの利害は一致してると感じた。俺のお母さんとおばの黄泉返り、そして帝都政府への復讐だな?」
「そうじゃ、そのために汝には器となる傀儡をつくって欲しいのじゃ」
 呪架は復讐の相手がわかり、〈ジュエル〉法を開発したセーフィエルとの利害も一致した。
 問題はまだ呪架に傀儡をつくる技量がないことだ。
「俺もお母さんを黄泉返らせようと、この屋敷にある資料を読んで傀儡をつくろうとしていたんだ。けど俺は傀儡士の業を誰かに教えてもらったわけじゃない、傀儡つくりが上手くいかないんだ」
「うふふ、妾は汝を気に入ったぞ。妾に見せたあの技は自ら編み出したものか、あっぱれじゃな。傀儡をつくる技量はあると見たが、それを教える者がおらぬのか」
「傀儡の原動力は〈闇〉だと書いてあったが、その〈闇〉についての知識も俺にはない」
 呪架の傀儡士としての技は、すべて自らが生きるがために編み出したもの。荒削りで洗練されたものとはとても言えない。今の呪架には師が必要だった。
 呪架は驚きで眼を見開いた。
 有無を言わせぬままセーフィエルの唇は呪架の口を吸っていた。
 口を離したセーフィエルが艶やかに微笑む。
「学んで来るが良い……傀儡士の業を」
 ぼやける呪架の視界。蒼白いセーフィエルの顔が揺れている。
「俺になにをし……」
 呪架の意識は闇の中に吸い込まれ、視界はゼロになった。

《5》

 水面に雫が落ちる音と共に呪架の視界は開けた。
「ここは……?」
 どこだろうか?
 朱色の空の下、乾いた大地が果てしなく地平線まで続いている。ビルや鉄塔など、視界を遮る物はなにもない。そこには空と大地があるのみだった。
 セーフィエルの声が世界全体から聴こえる。
《汝の遺伝子に眠る先祖を顕現させる。気を抜くでないぞ、精神界で死ねば現実でも死ぬぞよ》
 蒼白い月のような哄笑が世界に響き渡り、セーフィエルの声は遥か遠くの世界に消えてしまった。
 残された呪架は強烈なプレッシャーを感じて振り返る。
 眼に焼きつくほど鮮やかに紅いインバネスを羽織った男の姿。魔導を帯びた特有の色香を漂わせる黒瞳が呪架を魅了していた。
 男とは思えぬ妖艶な笑みを浮かべて、紅い男は艶やかな声を出した。
「傀儡士の基本は妖糸を操ることだ」
 この声音は悪魔が乙女を誘惑するときに出す声だ。声そのもが魔性を孕み、ひと言ひと言が心の奥まで響く。
 目の前の紅い男が人の皮を被った魔性の者だと呪架は感じ、不快な汗が全身から滲み出してしまっていた。
 金縛りに遭ってしまった呪架の顔を輝線が掠め飛んだ。
 それは紅い男が放った妖糸だった。
「妖糸は太さよりも質を重んじろ。より大きな力を細い糸に集約し、不可視に近づけることに意味がある。お前の業を私に見せろ」
 呪架は紅い男を見据え、己の持つ改心の一撃を放った。
 闇色をした蛇のような妖糸が紅い男を目掛けて飛ぶ。呪架は相手を殺す気で放った。
 が、なんと呪架の放った妖糸を紅い男は片手で易々と受け止めてしまったのだ。
 これには呪架も絶句した。
 紅い男の掴んだ妖糸は霞のように消えた。
「力を細く集約しろと言うたのを聞いておらなかったのか?」
「そんなやり方知るかよクソッタレ!」
「もうひとつ、今のお前にはその妖糸は扱いきれん。早死にしたくなくば通常の妖糸で戦え、この意味はお前の躰が一番知っておろう?」
 なんのことを相手が言っているのか呪架にはすぐ理解できた。
 闇色の妖糸を使うたびに、躰の内から滲み出す疲労感を感じていた。これがただの疲れではないと呪架は薄々と勘付いていた。闇色の妖糸は呪架の躰を少しずつ蝕んでいるのだ。
 紅い男は十本の指を軽く慣らした。
「通常の妖糸でも十分に戦えることを証明しよう。その前に、真物(ほんもの)の傀儡士というものを魅せてやろう」
 紅い男は十本の指を目にも留まらぬ速さで動かし、宙に奇怪な紋様を描いた――魔法陣だ。
 宙に描かれた巨大な魔法陣の?向こう側?から、獣ともヒトともつかぬ恐ろしい〈それ〉の咆哮が世界に響き渡った。
 世界を萎縮させる強大な力を持った存在が、魔法陣の?向こう側?にいる。
 紅い男が語る。
「傀儡士は〈闇〉を操り、異界の者たちをもその糸で操る。そして、〈それ〉を使役することができれば、あらゆる望みが叶えられると云われておる」
 〈それ〉の咆哮に合わせて馬が嘶くような声が聴こえた。
「観るがいい傀儡士の召喚というものを!」
 大地を踏みしめる音と共に魔法陣の?向こう側?からニ角獣を飛び出した。
 ヤギか馬のような四つ足の魔獣は、人間のような長い鬣(たてがみ)を地面まで垂らし、その黒髪の間からは二本の角が鋭く伸びていた。
 ニ角獣は前脚の蹄で地面を掻き上げ、鼻からは熱気を帯びた息を荒立てている。
 紅い男が指揮者のように手を振ると同時に、ニ角獣は呪架に尖った角を向けて駆けて来た。
 呪架は恐れることなく妖糸を振るう。
 伸びた輝線は首を振ったニ角獣の角に弾かれてしまった。
 歯軋りをする呪架に紅い男は優雅に舞いながら助言をする。
「ニ角獣の角はただ硬いだけではない。魔力の源がそこにある。二流の傀儡士には到底斬れぬ」
 斬れぬと言われて引く呪架ではない。
 斬れぬと言われれば斬って見せると心に誓う。
 呪架は指先に意識を集中させた。
 一撃に魂を込める。
 ニ角獣の角がすぐそこまで迫っていた。
「喰らえ!」
 呪架の手から放たれた煌きはニ角獣の角に当たり、蒼白い火花を散らした。
 ニ角獣の動きが止まり、呪架は息を呑んで咽喉元を動かした。その咽喉にはニ角獣の角が突きつけられていた。
 しかし、呪架とて報いていないわけではない。
 一本は斬り損ねたが、もう一本は地面に転がっていた。
 それを見た紅い男は大そうに拍手をした。
「ようやった。一本斬れれば上等。だが、私がニ角獣を操っていなければお前は死んでいたぞ」
 ニ角獣は呪架の咽喉元に角を突きつけたまま動かない。けれど、髪の奥から覗く赤い瞳は呪架に凄みを利かせ、荒立てる熱い鼻息を呪架の顔に吹き付けている。紅い男が操り糸を解けば、呪架の首は大量の血を噴出すことになるだろう。
 呪架はゆっくりと後退して、額の汗を拭うと紅い男を睨みつけた。