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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ヴァーミリオン-朱-

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 肉体が滅びても魂はある。けれど魂までも消滅した者は決して黄泉返らない。〈ジュエル〉が砕け散ってしまっては、もう黄泉返れないのだ。
 過去は終わってしまったから過去。
 アリスの記憶の断片はすべてセーフィエルに吸収され、セーフィエルの想い出となった。
 そして、セーフィエルはダーク・シャドウが何者かを知った。

《6》

 夢殿でもっとも科学技術と魔導技術が進んでいる場所。
 合成金属の壁や床に囲まれ、無機質で機械的な色が濃い。
 錬金術が化学の前身であるように、魔導と科学の結びつきは強い。この世界では科学技術が目覚ましい進歩を見せために、女帝のもたらした魔導は科学の一部として組み込まれた。それが功を奏して、魔導は人々に受け入れられた。
 縦長のガラス管にも似た生成装置の中は液体で満たされ、生まれたままの姿でアインは眠らされていた。
 無駄のない柔軟な筋肉はある種の美しさを備え、一流の彫刻家が彫り上げた傑作にも見える。しかし、完璧とは言えなかった。
 アインの両腕は生成途中で皮もなく、グロテスクな筋肉の繊維が生々しい。
 〈スリープ〉状態に入っているはずのアインの躰が微かに震えた。
 そのことにゼクスはまだ気付いてなかった。
 赤いランドセルを背負った白衣の少女は、ツインテールの頭をじたばたさせながら、コンピューターゲームに熱中していた。
「うりゃ、とりゃ!」
 肢体にセンサーをつけて、頭には3D映像を受信するスコープを被っている。
 ゼクスの短い手足の動きに合わせて、ゲーム中でゼクスが操っているキャラが動く仕組みだ。
 硝子の割れる音がした。ゼクスにはゲーム中のリアルサウンドか、現実の音か判断できなかった。
 それが現実だと気付いたのは、電源プラグが抜かれ、ゲームが中断してしまったからだ。
 スコープを投げ捨ててゼクスが叫ぶ。
「いいとこやったのに!」
 ゼクスの灰色の脳細胞が瞬時に事件の重大さを理解した。
 再生装置の硝子のハッチを壊し、まだ生成の終わっていないアインの姿を見た。
「なんでやねん!」
 いくら脳の回転が速くても、躰を動かすスピードには反映されない。
 神速で迫って来たアインの攻撃を避けられず、上段蹴りを側頭に受けたゼクスは横転した。
 床に這いつくばったゼクスの目に映るアインの後姿。ゼクスは迅速に行動した。
 赤いランドセルがオートで開き、中から誘導ミサイルが発射された。
 アインの背中に迫ったミサイルは四散して、中から飛び出した捕獲ネットがアインを捕らえる。
 ネットに絡め捕られたアインが転倒する。
 帝都の妖物が吐き出す糸を元に開発されたこのネットは、特殊な溶解液でしか破壊できないはずだった。
 だが、斬られたのだ。
 治っていないアインの手から放たれた輝線の猛撃。
「なんやあれ?」
 想定外の出来事にゼクスは目を丸くした。あんな技をアインは身に付けていないはずだ。
 自分の手に負えないと判断したゼクスはアインから目を離し、壁に取り付けたあった緊急スイッチを叩き警報を鳴らし、続いて再生装置に浸かっていたフュンフを目覚めさせた。
 再生装置の内部で水が抜かれ、全身を乾燥されてから、硝子のハッチが開かれた。
 目覚めたばかりのフュンフにゼクスは早口でしゃべる。
「頭で考えるんやない、心で察しろ。アインが暴走しとるからとにかく捕まえてや!」
 ゼクスの慌てようと、鳴り響く緊急サイレンの音で、なにか事件が起きていることは察しられる。
 躰を十字に広げたフュンフに甲冑がオートで装着される。
「わかりましたです」
 亜音速モードに入ったフュンフが研究室を飛び出した、
 四角い廊下を駆け抜け、アインの行方を追う。
 すでにアインは廊下の窓ガラスを割って建物の外へ逃亡していた。
 背中に巨大な翼を生やし、空を自在に飛ぶアインの前に廻りこんだフュンフ。
「アインさん、どうしたのですか?」
 答えは煌く輝線で返って来た。
 咄嗟にアインの放った妖糸を亜音速で躱すフュンフ。
 その技が傀儡士のものであると瞬時に悟った。
 傀儡士の急所は妖糸を繰り出す手だ。
「ごめんなさいです」
 ホーリースピアを構えたフュンフが亜音速で一撃を仕掛けた。
 人体模型のような筋肉剥き出しの腕が宙を舞って地面に落下していった。
 片腕を斬られ血を噴出すアイン。だが、その血もすぐに止まる。
 相手の片腕を落としたが、まだ一本残っている。それなのにフュンフは成す術をなくしていた。相打ちだったのだ。
 ホーリースピアを持っていたはずの手が消失していた。
 亜音速を使用して戦うときの条件は、亜音速モードのまま物体に触れてはいけないこと。車にぶつかるのと、ロケットにぶつかるのでは、どちらの衝撃が大きいかという問題だ。攻撃をする瞬間に亜音速を解くために、その瞬間に隙ができる。見事にそこを衝かれた。
「病み上がりの躰には亜音速は堪えますです」
「ならば、もう少し休んでいろ」
 操られていても声はアインのままだった。それがとても無情に感じられた。
 妖糸が宙を奔り煌いた。
 疲れで亜音速に入りきれなかったフュンフは攻撃を諸に受けてしまった。
 背中の翼を斬り飛ばされ、地面にダイブするフュンフは叫んだ。
「目を覚ましてアイン!」
 フュンフの声は小さく消えた。
 三〇メートル以上もの高みから落ちては、フュンフの脳もただでは済まないかもしれない。
 下が騒がしくなってきている。次の追っ手が来るのも時間の問題だ。
 アインは翼をはためかせ、夢殿を覆っている防御結界の目の前まで飛んで来た。
 度重なる事件を受けて普段よりも強化されている結界だ。
 アインであれば脱出は不可能。
 しかし、今のアインはアインでアインでない。
 アインの手から神速で飛ぶ妖糸が結界に刃を向ける。
 傀儡士の妖糸は空間を断ち割る。
 結界は妖糸によって見事に傷をつくられ、二度、三度と放たれた妖糸で人が通れる穴を開けられてしまった。
 夢殿の結界を突破し、広い空へ羽ばたくアイン。
 向かうは死都東京。
 高速で飛ぶアインの行く手を遮る軍事ヘリを次々と墜落させ、ついにアインは〈箒星〉の上空まで来てしまった。
 轟々と雲海が唸り声をあげた。
 灰色に染まった天は雷光を奔らせ、〈箒星〉の周りを包囲していた関係者たちも、揃って空を見上げてしまった。
「アインの名において、〈裁きの門〉を召喚する!」
 大空に雷鳴が轟き、雷光が天をいくつも泳ぐ。
 神々しい輝きと共に天になにかが現れた。
 それは巨大な門であった――〈裁きの門〉光臨。
 天に浮かぶ〈裁きの門〉は強烈な威圧感で場を萎縮させ、門の奥からは呻き声が聴こえてくるような気がした。
 役目を終えたアインは糸が切れた操り人形のように、全身から力が抜けて地上へ落下した。
 〈裁きの門〉を開門できるのは、セーフィエルの血を引く者のみ。
 重々しい轟音を立てながら〈裁きの門〉が口を開く。
 鼻を突く死臭が冷たい風に乗って恐怖を運ぶ。
 開かれた門の奥に広がっているのは暗黒。その?向こう側?でなにかが蠢いている。
 天は怒り狂い、雷撃を地面に堕とし、人々は脅え、天に畏怖する。