疫病神
「疫病神ってのはな、取り憑いた人間にしか見えんもんよ」
「ふーん、そんなもんかね……。よし!」
千吉は腰を上げ、紙と筆を持ち出しました。そして紙に疫病神の似顔絵を描き始めます。
「わしの顔なんぞ描いてどうするんじゃ?」
「だって、お前は他人様にゃ見えねぇんだろ? だから、こうして俺がお前の顔を描き残しておこうってんじゃねえか」
「お前さんも、とんだ物好きじゃな」
程なくして千吉は疫病神の似顔絵を描き上げました。それはびっくりするくらいよく似ていました。
「へへへ、我ながらよく描けたもんよ」
次の日、千吉は仕事の合間に疫病神の話を親方にし、似顔絵を見せました。どうせ信じてもらえないばかりか、怒られるかもしれないという気持ちも千吉にはありましたが、親方だけには信じてもらいたかったのも事実です。
その絵を見た親方は「うーん」と唸りました。そして
「千吉、今日も仕事が終わったらすぐ帰っていいぞ。そして明日も疫病神の似顔絵を描いて持って来て見ろ」
と言いました。千吉は素直に「はい」と返事をしました。
その日も、次の日も、そしてその次の日も千吉は釣りに行っては、帰ってから疫病神の似顔絵を描きました。そうしているうちに、なんか千吉は心がウキウキしてくるような気がしました。
「なぁ千吉。お前さん、随分楽しそうじゃな」
「そうよ。今、俺は毎日釣りに行って、そして絵を描いて、そんな暮らしが楽しいんだ」
「あのなぁ、わしゃぁ、疫病神じゃ。お前さんが明るく、楽しくするとわしゃぁ、元気がなくなるんじゃ」
「へー、そうかい。そりゃ、ようござんすね。へへへ……」
ある日、千吉が仕事に行くと親方に呼ばれました。
「ちょいとお前に会わせたい人がいるんだ」
「へっ、あっしに?」
千吉は親方の後について行きました。
親方と千吉が着いたところは瓦版を作っている版元でした。
「この若けぇのが千吉でさぁ」
親方が千吉を版元の主人に紹介します。
「おお、あなたが千吉さんですか」
主人は親方と千吉を奥の部屋まで通しました。
「親方、これはどういうことです?」
千吉が親方に尋ねました。千吉はなぜ自分がここに連れてこられたのかちっともわかりません。
版元の主人が話し始めました。