疫病神
千吉が疫病神に殴り掛かりました。しかし拳は疫病神の体を通り抜けてしまいます。何度やっても同じことでした。もう千吉は肩で息をしています。
「へへへ、何度やっても同じことさね」
「けっ、好きにしろい!」
こうして千吉は疫病神と暮らし始めました。
次の日、千吉はいつものように仕事に出掛けました。そしてやっぱり親方に怒られます。
「千吉、お前は何回教えりゃ覚えるんだ!」
そして仕事が終わる時間になって親方が言いました。
「なぁ千吉。いくら遅くまでやっても上手くはならんぞ。たまには早く帰って休め」
千吉は悔しくて、惨めな気持ちになりました。
その時、どこからともなく疫病神の声が聞こえてきたのです。
「いいぞ、いいぞ。もっと落ち込め」
「畜生!」
千吉は走って家に帰りました。明るいうちに家に帰ったのは久しぶりのことでした。
「よう、待っとったぞ」
家では疫病神が待っていました。千吉はチラッと疫病神を見やると、忌ま忌ましい奴だと思いました。あまり家にはいたくありませんでした。
そんな千吉の目に一本の釣竿が目に入りました。子供のころから捨てられずにいた釣竿です。
「ガキのころ、よく親父とハゼ釣りに行ったっけなぁ。まだ時間も早いし、一丁、ハゼ釣りでも行ってくるか」
そう言って千吉は釣竿と魚籠を持って出掛けました。
その日の夜、千吉は五十匹ものハゼを釣って帰りました。一人で食べるのには量が多いので隣のおかみさんにも分けてやりました。
そして千吉は残りのハゼを鍋で煮付けて食べました。
「あー美味い。ハゼなんて何年ぶりに食ったろうか。いやぁ、ガキのころを思い出すぜ。懐かしいなぁ」
千吉がしみじみと言いました。疫病神はそんな千吉を見て何となく困ったような顔をしています。
そこへ隣のおかみさんがやって来ました。
「ハゼのお礼だよ」
と言って立派な茄子を持って来てくれたではありませんか。
「こいつは済まないね」
千吉は喜んで茄子を受け取りました。
「ところでね、あのじいさん、疫病神なんだとさ」
千吉は疫病神を指さして、おかみさんに言いました。ところがおかみさんは
「寝ぼけるにはまだ早いよ。どこに疫病神なんかいるんだい」
と言うではありませんか。
どうやら疫病神は千吉にしか見えないようです。
おかみさんが帰った後、疫病神は言いました。