疫病神
「実はね、こちらの親方さんとは古い知り合いなんですよ。それで先日、親方さんから千吉さんの疫病神の絵を見せられましてね。いやぁ、生きているような素晴らしい絵だった。そこでうちの瓦版の挿絵をぜひ千吉さんに描いてもらいたいと思いましてね」
千吉は目を丸くしました。自分の絵が瓦版に載るなんてゆめゆめ考えたこともありませんでした。
「あ、あっしが瓦版の絵を……、ですか?」
「さようでございます。ぜひ、お願い致します」
主人は物腰穏やかに、丁寧に頭を下げました。
「お、親方・・・・・・」
千吉は親方を見ました。親方は頷いて言いました。
「なぁ千吉。人には向き不向きというのがある。正直言うとお前は大工には向いていない。だが、お前は絵の才能がある。それを活かすにゃ、ここで働くほうがずっとお前のためになると思ってな。それにお前は今まで陰日向なくよく働いてくれた。よく努力もした。お前の真面目さは私が保証してやる。思い切ってこの版元で勤めてみたらどうだ?」
版元のご主人ももう一度「お願い致します」と頭を下げました。
千吉は一呼吸おいてから、深々と頭を下げて言いました。
「若輩者の私ではございますが、なにとぞよろしくお願い致します」
こうして千吉は瓦版の版元に絵かきとして勤めることになりました。版元の主人からは支度金として五両もの小判を貰いました。
親方からは「今まで御苦労だったな」と言われ、三両の小判を貰ったのです。
併せて八両。今のお金にしたら六十万円程になるでしょうか。
その晩、千吉はお酒を飲んで帰りました。
「おーい、疫病神のじいさん、今帰えったぞ」
千吉が家に真っ赤な顔をして入って来ました。
一方、疫病神は真っ青な顔をしてゴホッゴホッと咳をしています。ゼーゼーと肩で息をして、かなり苦しそうです。
「どうした、じいさん。辛気臭い顔をして。大分具合が悪そうじゃねぇか?」
「当たり前じゃ。お前さんがあんまり楽しく、元気になるからこちらはすっかり弱っちまったよ」
千吉は親方から返して貰った疫病神の似顔絵を眺めました。それには日に日に弱って、貧相になっていく疫病神の姿が写し出されていました。
「俺はな、版元に勤めることになったんだ。もしかしたら絵師になれるかもしれねぇ。これから増々、景気が良くなるぜ。まぁ、俺に取り憑いたのが運のツキだな」