世界は今日も廻る 3
一応お姉さんとお兄さんに確認しないと。このままトンズラこいたら俺まで犯罪者扱いされそうだし。
「連絡先だけ教えていただけますか?ちょっとこちらで処理する必要があるものだけ片付けてきますので。」
「携帯でいいですか?」
肯くお姉さんに、俺は携帯の番号とアドレスを口頭で伝える。それを手早く手帳に書き込むのはお兄さんの仕事。
「ありがとうございます。それでは後ほど。」
「また後でね、二城くん。」
颯爽と歩き去るお姉さんと手を振りつつお姉さんを追っかけるお兄さん。面白い二人組みで何よりです。
「お前、もしかして気に入ったのか?」
「なにが?」
ずるずると引きずられる俺と、その隣を歩く馬鹿。自分の足で歩いてもいいんだけど、引きずってもらえるのならそれに任せるよ。多少靴の踵が気になるけれど、まぁそれもしょうがないよね。形あるものはいつか壊れるってのが自然の摂理ってもんだし。
「あの二人を、気に入ったのか?」
「んー、だって綺麗だろ?俺ね、あーゆー綺麗な人好きだし。それに、警察と関わったら素直になるのが一番面倒だないんだってさ。」
「アールちゃんにしては、珍しいこって。」
どゆ意味よ、それ。なんて思ってたら、どうやら会場に付いたみたいです。ざわざわしている周囲の目とかものともせずに、俺はそのまま連行されていく。まだお客さんが入る前の会場は、様々な布とか舞台道具とか衣装とかが散乱している。いや、それなりに片付いてはいるんだろうけどね。多少の散らかり具合は勘弁して欲しいって所かな。
「おい、連れてきたぞ!!」
「あーちゃんっ!!遅い!!」
引っ立てるようにして連れてこられたのは、楽屋。釣り目の険しい顔のまま叫ぶお姉さんと、その隣で暢気に煙草吸ってるお兄さんと、そのまた隣で大量のガムテープを腰につけたお姉さん。三人とも、目は笑ってないって共通している。怖い。
「よっしゃ、よーやく仕事の時間だな。ザキ、あーの顔作れ。その間に俺とイチで衣装出すから。」
「あんたに言われなくても仕事はするわよ。この馬鹿タケ。イチ、黒から先ね。」
煙草のお兄さんの号令で、釣り目のお姉さんが手招きする。ガムテープのお姉さんは眠そうな顔で衣装ケースと一緒に沢山のドレスが下がったハンガーを用意している。
ジャンクボックスで不定期に行われるショーは、最近では口コミのおかげで随分人気が出てくれた。俺みたいなモデルに成りきらない素人みたいな人間を使って、デザイン学校や服飾専門高の生徒の作品を、ファッションショー形式で公開するコンペみたいなもの。もちろん、ソッチ関係のスカウトマンが来てたりして、シンデレラストーリーで伸し上がった人間や就職の内定を決めた人間もいる。
怖い顔で怒りながら俺の顔を作ってくれてるのが崎本さん。もとお兄さんのお姉さん。この人はメイクの専門学校を卒業してからスタイリストとして活躍している。このショーを在校時から仕切っている人で、そもそもこのショーを企画立案して成功させたのも崎本さんだ。
その隣で、真剣な顔して煙草吸いながら衣装を並べるのがタケさん。タケさんは崎本さんと知り合いで腐れ縁。普段は小さなメンズショップを展開しているオーナーさんだけど、趣味で服飾関係のデザインを始めた人。ちょくちょくショーに顔を出したり、経営するセレクトショップに作品を展示したり販売してくれたりしている。もちろん、自分でデザインした商品を売ったりもしてる。
タケさんの隣で眠そうな顔で手早く衣装を補修したり修正したりしているのが、イチさん。イチさんはタケさんの奥さんの妹さんで、タケさんの店を手伝ううちに縫製に興味持ってそっちに進んだ人。イチさんはデザインをしたりとかしないけど、とにかく作るって事にだけ意識を使う人。デザイナーさんたちから上がるデザインを形にする仕事をしてる。パタンナーとか言うのかな?詳しいことは、俺知らないけど。
「二城、邪魔。」
で、この馬鹿が俺を此処に紹介した。当時マネキン会社で派遣社員やってた俺はちょっとした縁で二城と知り合ってこのショーを紹介された。その伝手でモデルの真似事みたいなこともやってる。言うなれば動いて喋るマネキン人形だな。この馬鹿の紹介できた俺を気に入ってくれたのが崎本さん。その関係でタケさんやイチさんと知り合いになって、今の形に落ち着いた。お金は発生しないけど、楽しいから帳消しになると思う。初めは、少ないながらもモデル代を出すって言って聞かなかった三人も、今じゃ俺が楽しいってだけでいいんじゃないかってようやく言ってくれるようになった。
「崎本さん、ファンデーション嫌い。」
「だから付けてないわよ。はい、上向いて。」
眩しいぐらいの鏡台のライトの中、崎本さんの細い指が俺の顎を捕まえて強制的に上向きにされる。目じりに貼り付けたラインストーンを剥ぎ取って、赤から青に色を変えてまたくっ付けられる。
「サキちゃん、ソイツの目は赤のが似合うけど。」
「テメェにサキちゃんなんて呼ばれる筋合いねーよ。二城は黙ってろ。あーちゃん、少し下向き・・うん、それぐらいで顔固定して。」
無駄に長い俺の髪を纏めて掴んで、崎本さんは手早く括っていく。所謂ツインテール。高い位置で揺れる二本の髪束を満足気に見てから、崎本さんはなにやら細かい飾りを取り出す。
「おい、飾る前に衣装着ろ。サイズ確認。」
「人の楽しみ捕るとか最低ね。馬鹿タケ。」
タケさんに呼ばれて、今度は鏡台を離れて全身鏡の前に立つ。次々渡されるドレスに袖を通しては脱いでいく。
「イチ、それは裾だけ摘め。ウェストは弄るなよ。それから、そこの馬鹿。突っ立てるのなら邪魔だ。」
「じゃ、煙草吸ってるねー。」
「もっと邪魔だ。暇なら着替え手伝え。」
無理やり締め付けるコルセットのおかげで奇妙に括れた俺のウェストに合わせるように、ドレスが直されていく。ガムテープで印を付けるイチさんは、山になったドレスを手縫いで修正していく。踊るみたいに動く指先とか、寸分の躊躇いも無く布を切り裂く鋏だとか見ていると、カッコいいなーって素直に思える。イチさんは女性なんだけど、あんまり女って事を感じさせない。別に見てくれが男らしいとかじゃないけど。言動も短いし、出来ればあまり口を開きたくないのだと以前聞いたことがある。
「あー、これ。」
「うん。イチさん、短くするならもうちょっと軽くもしてくれると助かる。」
肯くだけですぐさま次の動作に移るイチさん。
正味30分程で終了した衣装合わせ。今回着るのは全部で10着のドレス。その全てはタケさんがデザインしたものだ。今回のショーはちょっと特別。この三人が全てを作るショー。文字通りのお客さんへのショーとなる。
「あーちゃん、また細くなったでしょ?」
「そう?」
「あれだけ食べるのに何で太らないのか不思議でしょうがないんだけど。」
作品名:世界は今日も廻る 3 作家名:雪都