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てっしゅう
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「哀の川」 第十三章 相次ぐ別れ

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「こんな時間にすみません。加藤裕子と言います。麻子の姉です」
「裕子さん!久しぶりにお声を聞きましたわ。どうなさったの?」
「功一郎さんが救急車で運ばれまして、わたしが傍に付き添っております。今から至急にこちらへ来て頂けませんか?担当の医師がそう伝えるようにと申しますので」
「どうしたの?病気なの?事故?裕子さん?」
「詳しくは私も解りません。とにかく急いで来て頂けますか?」
「はい、主人を起こしてすぐに参りますから」

30分ほどで渋谷から両親が駆けつけてきた。医師に伝えると、四人の前で、説明をした。
「残念ですが、心停止の状態で蘇生しましたが、脳死状態になっています・・・今の技術では元に戻すことが出来ません。私どもでは死と同じ判断にいたっています」
「なんと言われましたか?脳死・・・寝たきりになるということですか?」母親はそう尋ねた。
「いえ、そうではありません。再生しないということです。人工呼吸器を着けていますが、ここ二、三日で心臓が停止すると思われます」
「なんと言うことでしょう!先生!助けて頂けませんでしょうか?」
「お気の毒ですが、手の施しようがありません。お泊り戴く部屋は準備いたしますので、こちらで過ごされても構いませんが、如何なさいますか?」
「はい、私だけ泊まらせていただきます・・・」か弱い声で母親は言った。

裕子と杏子は連絡先を伝えて、病院をあとにした。帰りのタクシーで二人は好子のときのように寡黙になっていた。


家に着いた裕子は麻子と直樹に事態を話した。純一を病院へつれて行くかどうかで意見が分かれた。まだ子供なので刺激が強すぎると、杏子は言った。麻子は、実の父親だから看取る必要があると言った。
裕子は冷静に判断して、離婚しているのだから、自由意志で構わないと話した。明日の朝、純一に話そうと、結論は彼に任せる形で決めようとなった。

朝ごはんはみんなで並んで食べる準備をしていた。裕子は集まったタイミングで話し始めた。
「純一、功一郎さんが病院で意識がない状態で入院していて、おばあちゃんが付き添っているの。あなたには本当のパパだから、お見舞いに行くかどうか、決めて欲しいの。麻子は行かせたいようだけど、もう今はパパじゃないから、あなたの気持ちで決めて構わないのよ。どうする?」
「死んじゃうの?パパ・・・ねえ、ママどうなの?」
「ママはわからないのよ。姉さんに聞いて」
「裕子姉さん、どうなの?」
「お医者さんは後二、三日って言ってた。もう回復は見込めない状態なの、残念だけど」
「何故、そんな事になったの?事故?病気?」
「多分仕事のストレス、お金が絡む仕事をしてたでしょ。大変だったのかも知れないね。今は聞けないから解らないけど、疲労とストレスで心臓が動かなくなったみたい」
「パパ・・・可哀想だね。ママは行くの?直樹パパは行くの?」
「直樹は関係ないから行かないよ。ママは純一が行くなら一緒に行くよ」
「・・・じゃあ行く。杏子姉ちゃんと一緒がいい。ママ、一緒でもいいよね?」
「うん、杏子さんいい?」
「はい、そうします。純一、お父さんから貰ったものとかがあるなら、持っていくといいよ。傍に置いてあげて、純一が居るから頑張ってね!とお祈りしましょう」
「うん、そうする。何がいいかな・・・そうだ、僕が書いたパパの似顔絵にしょう。確か道具箱にしまってあったはず・・・ねえ、ママ?」
「あるはずよ、後で探して見なさい」

食事を終えて、慌しく三人は準備をして、病院へと向かっていった。

功一郎は個室で人工呼吸器を着けて静かに眠っていた。いや、眠っているように見えていた。母親が傍で付き添っている。顔を拭いたり、身体を拭いたり、着替えをさせたり看護士に出来ないことをしていた。すっかりとやつれて見えた母親の様子に久しぶりの麻子は気の毒に思えてならなかった。純一の顔を見て、母親は「純一・・・純一」と声を出して叫んだ。純一が傍に近寄ると、絞り出すような声でつぶやいた。

「パパはもう死んじゃうのよ、純一ゴメンね、おばあちゃんが気付かずにいて、早く仕事をやめさせるべきだったわ。こんなになるまで働いて・・・お金なんかいくら残しても始まらないじゃない!貧乏でも命があって、みんなで仲良くしていられたら、それが本当の幸せよ。純一、覚えておきなさいね、パパのこの姿を・・・」
「おばあちゃん・・・パパは偉いよ、最後まで頑張ったんだから。そんなことを言っちゃ可哀想だよ、みんなのためにこうなったんでしょ?」
「純一・・・大人になったねえ、そんなことが言えるなんて・・・麻子さん、ありがとう、立派に育ててくれているのね。でもね、これだけは聞いておいて欲しいのよ、純一、残された家族や好きな人はずっと悲しむのよ・・・自分は一生懸命に尽くしていたと思っていても、悲しむ人が居たらそれは失格なの。まして離婚なんてしたら、最低・・・小さな幸せを実現できない人が大きな幸せをつかもうとしたら、こうなるの・・・順番に階段を上がって行かないといつかつまずくのよ。純一も大人になったら、今のおばあちゃんの言葉を思い出して頂戴ね」
「おばあちゃん・・・これ、ほら、パパの似顔絵。この時は優しいパパだった・・・ボクの思い出はこの絵の中のパパでずっと居るよ。だから、今は長く生きていられるように、みんなでお祈りしようよ!ね」

純一の言葉はそこに居るみんなの胸に刺さった。おばあちゃんも、麻子も、杏子も、溢れる涙を抑えられなかった。杏子は特に純一の成長を頼もしく感じていた。傍に寄せて、人目をはばからずに、抱きしめた。この光景に功一郎の指先がぴくっと動いたように見えた。意識がない状態で、最後のメッセージを言いたかったのだろう。ア・リ・ガ・ト・ウ・・・と。


話は前後するが、この年の4月に裕子は出産をしていた。年齢から自然分娩は難しいと思われていたが、痛みを堪えて美津夫と共に出産を終えた。泣き声を聞いた裕子は過去の中絶を本当に後悔していた。こんな可愛い自分の赤ちゃんを一人捨てたのだから・・・

「美津夫さん、ありがとう。これからは三人ね。色々と大変だけどずっと変らないでね・・・」
「当たり前じゃないか!僕たちはもう親子なんだよ、この子の未来のためにも、悲しい思いはさせないよ」

家に連れ帰り、子育てを始めた裕子は、麻子や杏子の世話にならないように頑張っていた。子育ての経験がある麻子には何かと教えてもらうこともあったが、不安なく順調に日々は過ぎていった。特に母親は孫の誕生を大喜びして、何かと世話をやいてくれる。裕子が出かけたいときには、どうぞどうぞと、自分が抱っこして喜んでいた。純一も可愛い子供に何かと手を出してきて、手伝ってくれる。産後の身体も元通りに戻り、ダンスレッスンも再会した。そんな矢先に、功一郎のことが起こって、精神的には参ってきている。

裕子は美津夫と考えた末、子供の名前を「未来」と名づけミキと呼んだ。最近未来を母に預けっぱなしの状態であったが、母はそれを嫌がることもなく、むしろ喜んで世話をしてくれていた。この日も麻子と三人病院から帰ってきて、重苦しい気分だったが、子供の寝顔を見て少し癒された。