「哀の川」 第十三章 相次ぐ別れ
第十三章 相次ぐ別れ
直樹は会社設立一周年を記念して、クリスマスの時と同様、ご近所さんも呼んでパーティーを開いた。二階のダンススクールに、テーブルを出し、立食形式で開催した。仕事先や、元居た会社からもたくさんの人が参加してくれていた。余興に裕子が指導して、参加者でダンスをした。杏子は自慢の喉でカラオケをバックに歌った。パーティーが終わって、直樹と麻子は初めて裕子と一緒に、カラオケ喫茶「好子」へ出かけた。
「麻子、功一郎さんが居るけど構わないよね?」
「ええ、構わないよ。直樹さんも気にならないでしょ?」
「うん、大丈夫だよ。初めてだね、お店に行くのも、カラオケに行くことも・・・」
「そうなんだ、直樹さんはカラオケも初めてなんだ!きっと好きになるよ、ねえ杏子さん?」
「どうかな・・・直樹はきっと、オンチな気がする」
「ひどいなあ、姉さんは・・・褒めてくれたことがないね、僕のことで」
「そんなことは無いわよ。仕事だって立派にやっているし、麻子さんが猛特訓して英会話も出来るようになったから、わたしの必要もなくなったじゃない。立派だわ」
「本当かな・・・イヤみ言ってない?」
「言ってないわよ!ねえ、裕子さん?本心で言っているのに、偏屈なんだから」
「杏子さんに甘えているだけよ、まだまだ。そう言えば、結婚してもう一年過ぎたよね?麻子、子供は作っているの?出来ないの?」
「聞かれると思ったわ・・・姉さんと違って出来ないのよね、直樹さん?一度調べてもらうように言っているんですけど・・・まだ早いって、決め付けるのが」
「麻子さん、あなたには純一君が居るから問題ないけど、直樹は調べて貰えば?問題がなく出来ないんだったら、仲が良すぎるってことで諦められるよ」
杏子は、自分が子供が出来にくい体質である事で、弟の直樹にも受け継いでいないか、心配になった。
「姉さん、心配してくれるのは嬉しいけど後二、三年して出来なかったら、調べてもらうよ。ねえ、麻子?ダメかい」
「そうね、夫婦の問題だから、気遣ってくれるのはありがたいけど、今のままで構わないわ。直樹も負担に思わなくていいのよ」
「あらまあ、お優しいこと!完全に惚れているのね、麻子さんは・・・」
杏子は本当に羨ましく思った。やがて車は店に着いた。夕方からの開店と張り紙がしてあったので、誰もまだ待ち構えてはいなかった。
入口の鍵を開けて中へ入った。杏子と裕子はいつものように準備を始めた。直樹と麻子は珍しいものを見るように辺りをキョロキョロして見ていた。綺麗に内装が施され、小さなステージにはスポットライトが当たり、両端に花が飾ってある。ここに上がってみんなの前で歌うのか、と直樹は自分の姿を想像した。正直、知っている人が居たら、イヤだなあと思う。ぱらぱらと曲集をめくる。知っている歌がいくつか載っていた。一人暮らしのときに彼女と良く聞いていた、「悲しい色やね」が唄いたくなった。
やがてお店がオープンして、数人の常連客が入ってきた。席についてすでに見知らぬ男女が座っているから、気になって聞いてきた。
「もう先客が居るんやね。ママのお知り合い?さん」
「そうなの、男の方がわたしの弟、隣は奥様なの」
「へえ〜ママの弟さん!これは、初めまして、いつもお世話になっておるんですよ。これからもよろしく」
「はい、ありがとうございます。初めてカラオケに来させてもらいました。素敵なお歌聞かせて下さい!」
「ええ?困っちゃうなあ、素敵なんて言われちゃうと、唄えないよ、ねえママ?」
「あらそう、まずは唄ってあげてよ、いつもの「長良川艶歌」から行く?」
「それじゃ、お先にそうさせてもらいますわ」
直樹は予想外にレーザーディスクの音と映像が素晴らしいことに感動した。そしてこの男性の歌声もなかなかであった。次に直樹が歌う番になった。上田正樹の「悲しい色やね」伴奏が流れた。「にじむまち〜」直樹の澄んだ声が響く。兄弟の血がそうさせているのか、姉に劣らず上手く唄っている。麻子も驚いたように、聞き惚れてしまった。
「いや〜、弟さん、上手いわ!こっちが恥ずかしくなりましたよ」
「そうですか、ありがとうございます。気持ちよく唄えました」
「直樹!やるねえ、初めて聴いた気がする。ねえ、裕子さん?」
「わたしも初めて聴くのよ。これからちょくちょく来て歌聞かせてよ」
麻子に唄うように勧めたが、手を振って断った。和やかな雰囲気の中、功一郎が帰ってきた。直樹と麻子の顔を見るなり、にこっと微笑んで、会釈をし、二階へ上がっていった。
ここのところ功一郎は帰ってくると店に顔を出さずにそのまま寝てしまうことが多かった。自分がしているコンサルティングの仕事はもう殆どなくなり、今は知り合いの会社へ役員として勤務している。多少の出資をして立場を得ていたが、過去を知っている従業員の多くからは、余りよい評判が聞かれなかった。そのことがストレスになっているのだろう、元気のない日々が続いていた。
「ねえ、功一郎さんは顔を出さないの?」直樹は聞いた。
「ええ、最近はあまりね・・・疲れているのか、すぐに寝てしまうのよ。起こしても悪いから、二階へは上がらないようにしているんだけど、ちょっと気になるのよね」
杏子はそう言った。裕子が、二人が来ているから顔を出すように二階へ言いに行った。戻ってきて、裕子はなんだか調子が悪いからご無礼したい・・・と言っていると話した。
裕子は店に残って、直樹は数曲歌って9時ごろに麻子と家に帰った。しばらくして、杏子から家に電話がかかってきた。
「麻子さん、今ね、裕子さんが二階へ上がったら功一郎さんの容態がおかしいって、救急車呼んで病院へ向かったの。お店終わったら、わたしも病院へ向かうから直樹にも伝えておいて下さいます?」
「はい、解ったわ。心配ね・・・好子さんのこともあるし。赤ちゃんは心配ないから、姉さんと傍に付き添っていてあげて」
閉店後、タクシーで裕子に聞かされていた病院へ向かった。中へ入って、当直の看護士に名前を話して状態を聞いた。すぐに裕子がナースセンターから出てきて、杏子のところへかけてきた。
「杏子さん、功一郎さん・・・ね、どうやら心臓が悪いみたいなの。着いてすぐに手術室に運ばれたわ。一時間ぐらいよね、まだ出てこないから、待合で待つようにと言われているの」
「そうなの、心配よね、心臓・・・仕事変わったから負担をかけていたのね・・・男の人って我慢するからいけないのよ。わたし達が居るのに、話してくれればもっと早く病院へ来れたのに・・・」
白衣の医師と看護士が裕子と杏子の方へ近づいてきた。
「大西功一郎さんのお身内の方でしょうか?」
「はい、身内ではありませんが、親しくしているものです」
「奥様とかご両親様に連絡はつきますか?」
「彼は独身です。ご両親は・・・ああ、たぶん電話番号はわかりますのでかけれますが?」
「そうでしたか、ではすぐにご両親に連絡してここへ来てもらって下さい。到着されましたら詳しくお話させて頂きます」
裕子は麻子に電話して、大西の家の電話番号を聞いた。そしてすぐに電話した。
「はい、大西でございます。どちら様でしょうか?」
直樹は会社設立一周年を記念して、クリスマスの時と同様、ご近所さんも呼んでパーティーを開いた。二階のダンススクールに、テーブルを出し、立食形式で開催した。仕事先や、元居た会社からもたくさんの人が参加してくれていた。余興に裕子が指導して、参加者でダンスをした。杏子は自慢の喉でカラオケをバックに歌った。パーティーが終わって、直樹と麻子は初めて裕子と一緒に、カラオケ喫茶「好子」へ出かけた。
「麻子、功一郎さんが居るけど構わないよね?」
「ええ、構わないよ。直樹さんも気にならないでしょ?」
「うん、大丈夫だよ。初めてだね、お店に行くのも、カラオケに行くことも・・・」
「そうなんだ、直樹さんはカラオケも初めてなんだ!きっと好きになるよ、ねえ杏子さん?」
「どうかな・・・直樹はきっと、オンチな気がする」
「ひどいなあ、姉さんは・・・褒めてくれたことがないね、僕のことで」
「そんなことは無いわよ。仕事だって立派にやっているし、麻子さんが猛特訓して英会話も出来るようになったから、わたしの必要もなくなったじゃない。立派だわ」
「本当かな・・・イヤみ言ってない?」
「言ってないわよ!ねえ、裕子さん?本心で言っているのに、偏屈なんだから」
「杏子さんに甘えているだけよ、まだまだ。そう言えば、結婚してもう一年過ぎたよね?麻子、子供は作っているの?出来ないの?」
「聞かれると思ったわ・・・姉さんと違って出来ないのよね、直樹さん?一度調べてもらうように言っているんですけど・・・まだ早いって、決め付けるのが」
「麻子さん、あなたには純一君が居るから問題ないけど、直樹は調べて貰えば?問題がなく出来ないんだったら、仲が良すぎるってことで諦められるよ」
杏子は、自分が子供が出来にくい体質である事で、弟の直樹にも受け継いでいないか、心配になった。
「姉さん、心配してくれるのは嬉しいけど後二、三年して出来なかったら、調べてもらうよ。ねえ、麻子?ダメかい」
「そうね、夫婦の問題だから、気遣ってくれるのはありがたいけど、今のままで構わないわ。直樹も負担に思わなくていいのよ」
「あらまあ、お優しいこと!完全に惚れているのね、麻子さんは・・・」
杏子は本当に羨ましく思った。やがて車は店に着いた。夕方からの開店と張り紙がしてあったので、誰もまだ待ち構えてはいなかった。
入口の鍵を開けて中へ入った。杏子と裕子はいつものように準備を始めた。直樹と麻子は珍しいものを見るように辺りをキョロキョロして見ていた。綺麗に内装が施され、小さなステージにはスポットライトが当たり、両端に花が飾ってある。ここに上がってみんなの前で歌うのか、と直樹は自分の姿を想像した。正直、知っている人が居たら、イヤだなあと思う。ぱらぱらと曲集をめくる。知っている歌がいくつか載っていた。一人暮らしのときに彼女と良く聞いていた、「悲しい色やね」が唄いたくなった。
やがてお店がオープンして、数人の常連客が入ってきた。席についてすでに見知らぬ男女が座っているから、気になって聞いてきた。
「もう先客が居るんやね。ママのお知り合い?さん」
「そうなの、男の方がわたしの弟、隣は奥様なの」
「へえ〜ママの弟さん!これは、初めまして、いつもお世話になっておるんですよ。これからもよろしく」
「はい、ありがとうございます。初めてカラオケに来させてもらいました。素敵なお歌聞かせて下さい!」
「ええ?困っちゃうなあ、素敵なんて言われちゃうと、唄えないよ、ねえママ?」
「あらそう、まずは唄ってあげてよ、いつもの「長良川艶歌」から行く?」
「それじゃ、お先にそうさせてもらいますわ」
直樹は予想外にレーザーディスクの音と映像が素晴らしいことに感動した。そしてこの男性の歌声もなかなかであった。次に直樹が歌う番になった。上田正樹の「悲しい色やね」伴奏が流れた。「にじむまち〜」直樹の澄んだ声が響く。兄弟の血がそうさせているのか、姉に劣らず上手く唄っている。麻子も驚いたように、聞き惚れてしまった。
「いや〜、弟さん、上手いわ!こっちが恥ずかしくなりましたよ」
「そうですか、ありがとうございます。気持ちよく唄えました」
「直樹!やるねえ、初めて聴いた気がする。ねえ、裕子さん?」
「わたしも初めて聴くのよ。これからちょくちょく来て歌聞かせてよ」
麻子に唄うように勧めたが、手を振って断った。和やかな雰囲気の中、功一郎が帰ってきた。直樹と麻子の顔を見るなり、にこっと微笑んで、会釈をし、二階へ上がっていった。
ここのところ功一郎は帰ってくると店に顔を出さずにそのまま寝てしまうことが多かった。自分がしているコンサルティングの仕事はもう殆どなくなり、今は知り合いの会社へ役員として勤務している。多少の出資をして立場を得ていたが、過去を知っている従業員の多くからは、余りよい評判が聞かれなかった。そのことがストレスになっているのだろう、元気のない日々が続いていた。
「ねえ、功一郎さんは顔を出さないの?」直樹は聞いた。
「ええ、最近はあまりね・・・疲れているのか、すぐに寝てしまうのよ。起こしても悪いから、二階へは上がらないようにしているんだけど、ちょっと気になるのよね」
杏子はそう言った。裕子が、二人が来ているから顔を出すように二階へ言いに行った。戻ってきて、裕子はなんだか調子が悪いからご無礼したい・・・と言っていると話した。
裕子は店に残って、直樹は数曲歌って9時ごろに麻子と家に帰った。しばらくして、杏子から家に電話がかかってきた。
「麻子さん、今ね、裕子さんが二階へ上がったら功一郎さんの容態がおかしいって、救急車呼んで病院へ向かったの。お店終わったら、わたしも病院へ向かうから直樹にも伝えておいて下さいます?」
「はい、解ったわ。心配ね・・・好子さんのこともあるし。赤ちゃんは心配ないから、姉さんと傍に付き添っていてあげて」
閉店後、タクシーで裕子に聞かされていた病院へ向かった。中へ入って、当直の看護士に名前を話して状態を聞いた。すぐに裕子がナースセンターから出てきて、杏子のところへかけてきた。
「杏子さん、功一郎さん・・・ね、どうやら心臓が悪いみたいなの。着いてすぐに手術室に運ばれたわ。一時間ぐらいよね、まだ出てこないから、待合で待つようにと言われているの」
「そうなの、心配よね、心臓・・・仕事変わったから負担をかけていたのね・・・男の人って我慢するからいけないのよ。わたし達が居るのに、話してくれればもっと早く病院へ来れたのに・・・」
白衣の医師と看護士が裕子と杏子の方へ近づいてきた。
「大西功一郎さんのお身内の方でしょうか?」
「はい、身内ではありませんが、親しくしているものです」
「奥様とかご両親様に連絡はつきますか?」
「彼は独身です。ご両親は・・・ああ、たぶん電話番号はわかりますのでかけれますが?」
「そうでしたか、ではすぐにご両親に連絡してここへ来てもらって下さい。到着されましたら詳しくお話させて頂きます」
裕子は麻子に電話して、大西の家の電話番号を聞いた。そしてすぐに電話した。
「はい、大西でございます。どちら様でしょうか?」
作品名:「哀の川」 第十三章 相次ぐ別れ 作家名:てっしゅう