カナカナリンリンリン 第二部(完結)
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離れたところで、相変わらずカナカナリンリンリンと鳴き声が波のようにうねりをもって聞こえている。まるでこっちへ来なさいよとでも言うように。
私は合羽を脱いでズボンを履いた。湿った感じがいやな気分だったが、トランクスだけより気持ちは落ち着く。合羽をおおざっぱにたたんでビニール袋に入れると「さあ」と気合いを入れて私は歩き始めた。だんだんとズボンの湿り気は気にならなくなってきた。
歩き始めてしばらくするとパラパラパラと木の葉に何か当たる音がした。帽子をとって上を見る。水滴が顔にあたった。ついに降ってきた。雷の音も前よりも大きく近くに聞こえる。雨はともかく、雷は大木に落ちたりするのでイヤだなと思いながら周りの木を見た。これだけ本数が多いと雷もねらいが定まらないのでは、などと思いながら歩いた。
樹の下を歩いていても雨が当たるので、また合羽をとりだして着た。暑苦しい感じが強いので、ボタンは上の一つだけにした。フードもかぶってみたが、暑いのでやめる。雷の音がまた近づいて大きく聞こえる。そして雨が降ってきても、この森全体が振動しているのではないかと思えるカナカナリンリンリンという鳴き声。立ちこめてくる霧。私は異界に紛れ込んでしまったのではないかという思いにとらわれた。あの滝も、もしかしたら現実の滝に似た異界の滝、この蝉とも虫ともいえない鳴き声が聞こえた時からだろうか。それでも道が下り坂になっていることに安心を覚えた。
雨はさほど強くなってはこないが、雷の音はだんだん近づいてきている。私は目指している下方を見た。靄のせいでよく見えなかった杉の木の下に生えている灌木はまばらで、私は斜面を降りて時間を短縮しようとした。杉の木や灌木につかまりながら半分滑りながら降り始めた。足を踏ん張るので、予想外にふくらはぎと膝の負担が大きい。しばらくすると膝から下が震えているような力が入らないような感覚になった。足を踏ん張るたびに膝から折れてへたり込み、歩けなくなるのではないかとの恐怖が襲った。雷の音がさらに近づいている。
作品名:カナカナリンリンリン 第二部(完結) 作家名:伊達梁川