家に憑くもの
奥様は離婚を承知してくれそう?
こんなにいやがっているのに、いつまでも健次郎さんを拘束して、
ホントにひどい奥様ですね。
奥様との話し合いがうまくいくことを祈っています。
明日は、部屋でごちそう作って待ってます。
いっしょにお祝いができるといいネ!!
裕子の頭の奥で何かがはじけて火花を散らせた。裕子は改めて受信トレイに溜まったメールのヘッダーを眺めた。着信メールの大部分は、真由美という女からのメールだった。それらのメールは、読むに堪えない幼稚で露骨で赤裸々な内容に満ちていた。裕子の脳裏に、自宅に戻って来たとき、ソファーでメールを打っていた健次郎の姿が浮かび上がる。
裕子は、次に送信トレイを開いた。真由美宛のメールが過半を占めていたが、該当する時間の送信メールは見当たらない。メールの本文を読む気は起らなかった。
裕子は、ふと思いついて未送信トレイを開いてみた。そこには、ちょうどぴったりの時間に作成された1通のメールが保管されていた。裕子はメールを開いて、絵文字が散りばめられた文面に目を通した。(自分宛のメールには、絵文字など使われたことがなかった。)
とっても良い知らせだ。
妻は離婚を承知してくれたよ。
最後の説得が効いたみたいだ。
これ以上、僕を縛り付けるのは申し訳ないと言ってくれた。
だからもう安心して。
明日帰るのを楽しみにしているよ。
帰ったらこれからのことを話し合おう。
それから
メールの本文は途中で終わっていた。おそらく、やろうとしていたことが終わった後に、続きを打って、送信するつもりだったのだろう。携帯電話を持つ裕子の手が震えていた。
―― あれが「最後の説得」だったの。
―― あんな粗雑な犯行が、ばれないとでも思っていたの。
裕子は、健次郎の携帯電話を握りしめたまま、茫然と立ち尽くした。
「おかあさん!?」
裕子は佳織の呼びかける声で我に返った。
「おかあさん、大丈夫? 具合悪そうだよ。」
「大丈夫よ。」
裕子は佳織に答えながら、健次郎の携帯電話のフリップを閉じ、スカートのポケットにそっと落とし込んだ。
作品名:家に憑くもの 作家名:sirius2014