家に憑くもの
Ⅺ.終局
健次郎は心肺停止状態のまま病院に搬送されたが、心臓の鼓動が戻ることはなかった。健次郎の死は不審死となるため、裕子は警察から簡単な聴取を受けた。しかし、健次郎の死因が急性心筋梗塞によるものと診断され、外傷も無いことから、事件性の無い病死と正式に判定され、警察はあっさりと手を引いた。
裕子は、警察の聴取では本当のことを話さなかった。本当のことを話しても、おそらく信じてもらえなかっただろう。
裕子は、健次郎の携帯電話を寝室のリビングボードの引き出し奥深くに仕舞うと同時に、健次郎の本当の死因も、自分の胸の奥深くに仕舞いこんだ。一生秘密のまま、墓場まで持ち込むつもりだった。
健次郎の通夜では、真由美らしい女が弔問に来ていないか、注意していたが、それらしい女は見当たらなかった。もっとも、喪主の煩雑さの中で見落としたのかも知れない。
告別式を済ませた裕子は、もう真由美のことはどうでもよくなっていた。思えば、真由美もかわいそうな女だったのかも知れない。
裕子の心配は、二人の子供のことだった。父親の突然の死に、どれだけショックを受けたことか。特に佳織は、目の前で倒れていた父親を救えなかったという負い目を感じているかも知れない。しかし、多少時間がかかるとしても、二人の若さがこのショックを乗り越えさせてくれると、裕子は信じたかった。
家族に化ける『あれ』は、あれ以来、現れなかった。佳織も翔太も何も言わないが、なんとなく家族皆が、『あれ』はもう現れないのではないかと、感じていた。特に理由があるわけではなかったのだが。
作品名:家に憑くもの 作家名:sirius2014