家に憑くもの
Ⅹ.2階の母娘
「お母さん、しっかりして!目を覚まして!」
暗闇の中から呼ぶ声が聞こえる。裕子の意識は、その声に反応するように、少しづつ覚醒して行く。
「ねえ、お母さんったら、お願い!しっかりして!」
悲鳴にも似たその声に、裕子ははっきりと意識を取り戻していた。目を覚ました裕子は、目にいっぱいの涙を貯めた佳織の顔を、視野に捉えた。
「お母さん、気が付いたの。」
佳織が泣きながら抱きついて来る。まだ半ば意識が朦朧とした裕子は、佳織を抱き返しながら、意識を失う前のことをゆっくりと思い出していた。
「お父さん、お父さんは?」
記憶が蘇った裕子が、周囲を見回しながら言う。
「お父さん?お父さんがどうしたの?」
佳織が体を離して聞き返す。裕子はそれには答えずに、這ってベッドの間を覗き込む。その突き当りのリビングボードの前には、健次郎が倒れこんでいた。手足が不自然な方向にねじ曲がっている。
「あなた・・・」
裕子が震える声で呼ぶ。
―― これは本当の健次郎なのだろうか。
―― もし、健次郎が立ち上がってまた襲いかかってきたら・・・・
そんな一抹の不安があった。しかし、その声に佳織が反応していた。
「お父さん!」
ベッドの間に倒れていたため、母に気を取られて気付いていなかったのだ。佳織が健次郎に駆け寄って体を揺する。
「お母さん、お父さん息をしてない!」
佳織が泣きそうな声で叫ぶ。
「救急車、早く救急車を呼んで。」
裕子が細い声で佳織に頼む。佳織はポケットから携帯電話を取り出すと、ベランダに近いサッシに移動して、ボタンをプッシュする。
裕子は、這って健次郎に近づくと、顔に手を近付けた。確かに呼吸をしていない。不思議なことに、真っ赤になっていた健次郎の顔の火傷は、跡形もなくなっている。健次郎の顔は何の感情を表すことなく、その場に横たわっていた。
そのとき、裕子は、健次郎のポケットから携帯電話がはみ出しているのに気が付いた。メールの着信を示すLEDが点滅している。裕子は何気なく携帯電話を拾い上げ、フリップを開いて着信したメールを呼び出した。
そのメールは、真由美という女からだった。メール本文には、ハートマークや絵文字が大量に散りばめられていた。そのメールの文面を呼んだ裕子の表情が変わる。
作品名:家に憑くもの 作家名:sirius2014