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殺人は語学ができてからお願いします~VHS殺人事件~

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しかし、信じられないことに、その後の授業もとんでもなく最悪なこと続きだった。例の隣に座ったイラク人は、本当にとんでもなく迷惑な人だったのである。私が何か発言しようものなら、茶化してきたり、からかってきてり、それがもう我慢の許容範囲を超えているのである。

その一例がこれである。各自の伝統衣装について聞かれたので答えようとしたら、その男がいきなり「チャイナドレス」じゃないか、などとコメントしてきたのである。それは中国のものであって、日本のものではない、といっても聞く気もなく、懲りないし、私は既に激しい精神疲労を起こしていた。別に日本と中国の区別がついていなくてもいいのだが、しかし、この異常に絡んでくるのをやめてくれれば。

11時になり、休憩時間になったのを見てほっとしたものの、今度は別の問題が控えていた。というのも、休憩だと言っても、まずは友人になれそうな子に話しかければならないのだ。教室をぐるりと見渡して考えている私だったが、またもや隣のイラク人男が勢いよく席を立ったせいで私はよろめき、再び妙に不快な気分にさせられた。

しかし、なんだってそんなに皆急いでいるのだろうか。勢いよく教室を出て行ったのは、そのイラク人だけではなかった。というより、自分以外の全てのクラスメイトが信じられないスピードで教室から出て行ったのである。もはや、一刻を争うかのように。

あっけにとられていた私だったが、最後に出て行こうとした先生が私を見て、こう一言いう。

「休憩時間の間は、教室の鍵を閉めたいのよ。ここ、駅から近いし、たまに物が盗まれることもあるから」

つまりどういうことかというと、教室から出て行けということだった。私は仕方なく教室を出、誰もいない廊下を見渡す。果たして、私のクラスメイトはどこにいってしまったのだろうか?とぼとぼ一階へと降り、入り口前のラウンジを見た。建物の入り口のドアをすぐ出たところで大勢の男女がいて、皆もくもくとタバコを吸っているのが見えた。どうも、彼らが急いでいた一要因には、タバコを吸いたい欲求のせいもあると見えた。そんな集団は無視し、ラウンジのソファに座る人々を見渡す。とあるスペースの一角に、先ほどの教室で見た女の子たちを発見し、そこへ近寄る。近寄ってきた私に近づき、彼女たちも視線を上げて私を見る。ただし、どうも感じのいい眼差しではなかったが・・・

「ハイ!」

とりあえず私も彼女らの隣に座った。私には目もくれなかったが。全くもって興味がないらしい。まぁ、別にいいんだけど・・・それにしても、よく見ると、そのグルジア人の女の子、エレナはとんでもなく美人だった。天然の漆黒のウェービーヘアに宝石みたいな薄いグリーンの目、顔立ちのはっきりした細面の顔、まさにファッション雑誌から抜け出てきたかのような美しさだった。まだ20歳ではあるが、もっとずっと大人に見える。

先ほど聞いた自己紹介によると、彼女はドイツでAu-pair(オゥ・ペア)という制度を利用し、ドイツ人家庭にて住み込みの家政婦兼子守をしているらしい。この制度は、特にお金のない学生が住む先を提供してもらう代わりに(場合によっては、語学学校代やお小遣いをくれる場合もある)、家政婦として食事、掃除、子どもの教育や世話などを担当する、というもので、特に東欧の出身者にその利用者が多い。一見おいしい話に聞こえるこの制度だが、実際のところはそうでもない。まず、全て滞在先の家庭の都合に合わせなければならないので、自分のプライベートというのが全くといっていいほどないのだ。皆が出かける土日は一日中子どもの面倒を見なければならないし、勝手に旅行も行けないし、あるいは長時間外出することもできない。それに究極的な問題として、子どもが常にかわいらしい、素直な子たちとは限らず、むしろその反対のことの方が多い。まぁ、本当の意味でおいしい話なんてないというのは、世の常かもしれないけども。

他方、そんな彼女の横に座るのは、チェコ人の女性、ヤナ。肩で軽くカールした柔らかそうな薄い金髪、限らなく薄い青目、先がツンと尖っている鼻。薄紫という言葉がぴったりな彼女の容姿はむしろロシア人と聞いたほうが納得できそうに思える。30半ばではあるが、ドイツ人の夫との間に既に子どもが2人いることもあり、常に疲れているような、ナイーブな雰囲気が漂っている。ドイツに住んでもう3年ほどになるものの、未だドイツ語が初級止まりであり、コースに通い始めたのだと説明する彼女は、驚くべきことに、今3人目を妊娠中だというのだ。妊娠しながら、どうやって学校に通うことができるのか分からないが、ちょうどコースが終わる2ヵ月後に出産予定なのだという。

しかし、その話にはやはり、不可解な点がある。つまり、妊娠してから語学学校に通うよりも、妊娠する前に語学学校に通う方が遥かに楽だということである。実際、彼女は語学において大きな問題を抱えていた。というのは、彼女の2人の息子たちとの意思疎通に困難をきたしていたのである。子どもたちはドイツ生まれドイツ育ちであり、その父親もドイツ人であるため、ドイツ語はネイティブとして育つ。しかし、彼女はそうではない。ドイツ語ができない状態で結婚し、妊娠し、子どもを産んだのだから、子どもたちがチェコ語を習得するか、彼女がドイツ語を習得しない限りは、どんどんコミュニケーションを取ることが非常に困難になる。

それでは根本的な話に立ち返って、なぜ彼女はドイツ語ができなくてドイツ人と結婚したのか?あるいは、普段何語で会話しているのか?ということになる。奥さんが語学ができない場合、夫の方が奥さんの母国語をしゃべれるケースがよく見られるのだが、たまにコミュニケーションがほとんどうまくいっていないのに結婚しているカップルもいる。そうなると、お互いの言語や英語などのチャンポンでなんとか会話したり、ボディランゲージしたりするようだが、どちらにせよ様々な問題を運んでくるのは言うまでもない。どうも彼女の表情に表れる影は、そのような問題から端を発しているようである。

そして最後、ポーランド人の女の子、ナタリア。かなり背が高く、わりとがっしりした体型。ストレートロングの茶色い髪と、濃いグリーンの目、どこか神経質そうな薄い唇。私と同い年である25歳の彼女は、ポーランドの大学で生物学を卒業後、いい仕事を見つけられず、彼氏とともにドイツに移住を決意したという。

彼女は初めから他の生徒たちに比べ、明らかにドイツ語レベルが上であった。例えば、A2レベルだと、大抵の生徒は会話に苦労していたり、つっかえながらしゃべることが多いが、彼女の場合、簡単な会話であればかなりすらすらと、きれいな発音でしゃべることができた。そのためか、先生からも既に一目置かれていた。私とは違い、他のクラスメイトたちとも初日からかなり楽しそうにおしゃべりに興じていた。ただし、私以外と。