殺人は語学ができてからお願いします~VHS殺人事件~
私はここで、またもや違う問題にぶちあたっていた。それは、このポーランド人の女の子との関係である。別に喧嘩したわけでも、嫌がらせされた訳でもないが、明らかに私と相性が悪いような気がするのだ。そのせいか、彼女も私に挨拶はおろか、話しかけもしなかったが、まぁ私も同様に挨拶はするが、特別話しかけもしなかった。
そんな訳で、この3人と席を同席したからといって話しが弾むわけがない。いや、むしろ全く弾まなかった。質問すれば相手も返事をするが、それで会話終了。後は誰かが話しているのを適当に相槌をうちながら、惰性で聞いているしかない。余りにも暇すぎて、タバコを吸う集団へふいに目をやった。その中に、スペイン人の男とインド人の男、そしてたぶんアフガニスタン人の男2人がいるのが見えた。後者の2人は吸っていなかったが。
私は時計を見つめ、早く休憩時間が終わることを願った。そして意識を飛ばすことに成功した私は約10分後、ようやく教室に帰ることができるのであった。
そしてあまりにも鬱々とした気分でいた私は、授業が始まっても隣の席の人が帰ってこないことに対して気がつかないほど、ぼんやりしていた。そんな脳にかかった靄を一瞬にして飛ばしてくれたのは、後半の授業が始まってから30分後の、先生の甲高い声だった。
「ねぇ、アフマドはどこへ行ったの。帰ってこないけど!」
私にとっては、授業時間中私のことを悩ませてきた奴のことなんかわりとどうでもよかったし、気にかけてもなかったが、にわかに教室が騒がしくなる。
「彼が、トイレに行った、見たけど」(A2レベルなので、時折ダイレクトな言い方しかできない)
と誰かが言う。先生はしばしイライラしているような、あるいは考え込むようにこめかみに手を当てると、ふいに顔を上げ、
「誰か、じゃあモハメドでいいわ。ちょっとトイレにいるかどうか見てきて。もしかしたら病気なのかもしれないし」
モハメド、もといアフガニスタン人の男の子が立ち上がり、教室を出て行く。皆、明らかに出て行った先の物音に耳を澄ましており、しばし誰も話さなかった。
そしてその数分後である。体が浮き上がるほどのドタドタという騒音が廊下から響いてきたのは。
「く、クラウディア!アフマドが・・・」
もはや、誰も座ったままの人などいなかった。いや、私以外は。教室の外に向かって一刻を争って出て行ってしまった教師とクラスメイトを追って、私も急いで立ち上がる。廊下をまっすぐ行った先に人だかりができているのが目に入り、私もそこへ近寄った。中心にいる何人かが怒鳴るようにしてしゃべっているのが見えた。もっとよく見ようと、背が低い私は爪先立ちで覗き込む。
果たして、トイレのドアに上半身半分が挟まるようにして人が倒れていた。違う角度から覗き込もうとした時、携帯で話しているクラウディアとぶつかった。彼女は私を無視して廊下を引き返し、慌てた様子で階段を降りていった。私はもう一度視線を倒れている男性に戻した。
あぁ、それはやはり、例のイラク人の男だったのだ。数時間前まで、厳密に言えば休憩が始まる前まで私の隣に座っていた。
「彼、死んでる!」
私の隣で、チェコ人のヤナがつんざく様な声で叫んだ。私は人の死体というのを、はっきりと見たことがなかったので分からなかったが、確かに彼は生きてはなかった。顔は土気色だし、それにこれだけ大勢の人たちに囲まれているのに、ぴくりとも動かなかった。ふいに気がつくと、他のクラスの生徒たちも教室から出てきていた。その場一帯が、とんでもない人だかりになっている。
私はほとんど思考停止状態の頭で思った。どうも、このコースに参加している間は、どんどん事態はひどくなるらしい、と。どうもその予想は当たっていた。なぜなら、その後、さらに次なる事件が私を待ち受けていたからである。
作品名:殺人は語学ができてからお願いします~VHS殺人事件~ 作家名:umi5