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殺人は語学ができてからお願いします~VHS殺人事件~

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Lextion 1. VHSでは出会いも別れも唐突に




人は自分にない物を求めるものである。だから私は平穏な生活を求めていた。

暇で暇で仕方なくて、でもストレスもなくて、だらだらとのんびり平和に過ごすことを求めていた。

しかし、世の中は大抵願っているようにはいかないものである。

そして時として、むしろ真逆にすらなるものである。

重たげなドアノブに手をかけた瞬間、目の前でポロっと外れ、それが床に落下したのを見た時、私はそうまざまざと思った。

時は授業が開始してから10分後の9時10分。すさまじい音が建物中に鳴り響いた後、ほどなくしてドアの内側から金髪の中年女性が飛び出してきた。

しばし扉の外でフリーズしていた私と目が会う。どうやらこの人が私のクラスの先生らしい。遅刻している上、初日からドアを破壊するなんて、なんていう気まずさ。

「えっと・・・ドア、壊れて・・・?」

どう答えていいか分からず、とっさに意味不明なことを言う私を通り過ぎ、女性は床に落ちているノブを拾い上げる。そして独り言のように、

「そう、ちょっと最近、ネジがゆるんでたのよね。まぁ、後でXXXにXXXXしておくわ。XXXXXXXでXXXXXXXXXXXだったから」

と、A2レベルの生徒には早すぎて聞き取ることが難しいスピードと語彙でまくし立てた。そしてふっと我に返ったらしく、再び私をまじまじと見る。

「あなた、初めて見る顔ね。私はクラウディア、このコースの教師よ。あなたは?」

彼女は私と目が会うと、にっこりと笑顔を作った。近くで見ると、とても重量感のある女性だった。まぁ、日本人から見るとそう思えるだけで、ドイツ人的感覚では平均体型と言えなくもないのだが・・・

「ミナコ・カワサキといいます。日本から来ました」

「オーケー、みんなに紹介しないとね。そこの奥の席が空いてるから、そこに座りなさい」

私はおそるおそる教室に入り、「ハロー」と儀礼的に挨拶すると、そこに座る人々が一斉に私を見るのが目に入った。

それも何というか、とてつもなくポーカーフェイスで、冷めていて、どこかしら人間を品定めしているような。

考えてみれば初日から堂々と遅刻しているし、ドアも破壊しているし、別にそういう人間だと思われても仕方ないのかもしれない。いや、そう思われても別に全然構わない。

ただし、皆がまるで希少動物が目の前に現れたかのような、ダイレクトな視線をやめてくれれば・・・。

昔からの言い伝えに従って、全てじゃがいもだと思えばよかったのかもしれないが、どうも一瞬にして人間の顔からじゃがいもに切り替えるほど私の脳は器用ではなかったらしい。全て、何の問題もなく、人の顔が冷たい視線と共に私を見ているようにしか見えなかった。

「さて、授業を始める前に、もうちょっとあなたから自己紹介を聞かせてもらおうかしらね。ミナコ?」

私は半ばドキドキしながら姿勢を正す。もう何回もやっていることとはいえ、こういう人前で話すことは何か苦手だ。

「えー、ミナコ・カワサキです。日本から来ました。えー、日本で大学を卒業して、ドイツに、えー、来ました」

まぁ、しゃべり方がわりとぐちゃぐちゃだったとはいえ、ここまではよかった。しかし問題は次だった。

「ミナコ、ドイツでは何をしているのかしら?働いているの、それとも学生?」

「学生です」

私はVHSで学ぶことも「学生」の範疇に入るだろうと推測して、そう答えた。なぜなら、そう答えなければ、大学は卒業してしまっているわけだし、私の社会上の身分は「無職」だからだ。それに、無職というのが何か嫌な感じがしたので、つい見栄をはって学生と答えてしまったのだが、それが災いのもとだったらしい。

「学生ということは、大学に通っているということよね?オルデンブルク大学の学生ということかしら?」

皆が一斉に私を見る。こんなところで真っ赤な嘘をつくわけにはいかない。私は慌てて否定する。

「いいえ、学生じゃないです」

数秒前に堂々と学生といったくせに、その直後に否定するというこのうそ臭さ・・・いったい私は何をやっているのだろうか。しかし皆、訝しがるような顔で私を見ている。脳内で軽くパニックを起こした私は、なんとか適当に説明して収めようとする。

「あー、えー、学生じゃないんですけど、でも私が思うに、学生と言えると思うんですよね。えー、話が複雑なんですけど・・・だって、大学に入る予定だし・・・」

でた、皆の突き刺さるような視線。

あー、もう面倒になったので、肩をすくめて、曖昧な笑顔を浮かべた(この困った時の苦笑いというのは、私に染み付いた日本人過ぎる特性である)。そのおかげか、先生も私から答えを引き出すことに諦めてくれたらしい。よかった。今度は他の生徒たちが10分遅れで来た私のためにもう一度自己紹介をしてくれるらしい。

まとめて言うと、私のクラスメイトはこんな具合だった。クラスメイトの半分が20代前半の男性なのだが、実にその3分の2がアラブ系の方々なのである。つまり、どうもとんでもなく人種と国籍が偏った構成のようだった。

もっと詳しく言えば、アフガニスタン人の男2人、イラン人の男2人、イラク人の男と女の子1人づつ。それ以外の国では、スペイン人の男、インド人の男、グルジア人の女の子、チェコ人の女性、そしてポーランド人の女の子。

そして無論、アジア人および東アジア人はどうやら、私一人のようであった。確認するまでもなく、分かりやすいマイノリティである。

既にこの時から、このクラスメイトの構成に不安があった。というのも、大抵の場合、クラスメイトの国籍が偏れば、母国語でしゃべるようになるし、群れるし、そうすれば完全マイノリティの私なんかは、友人作りから苦労することが今から予想できるからである。

しかし、初日は初日。いや、初日なんてお互いまだ会ったばかりなんだし、今後変わっていくこともあるかもしれない、と自分に言い聞かせ、笑顔を浮かべて先生とホワイトボードの方を見つめた。

だが、そんな私を襲ったのは、友だち作り云々の前に、完全に初歩的な問題だった。

あまりにも他のことに頭が奪われているのと、想像以上に先生が早くしゃべるせいで、初っ端から授業の指示が聞き取れなかったのである。

つまり、私にはこうとしか聞こえなかった。

「はい、みんなXXXXXXXXXXXXXして。」

肝心の部分聞き取れなければ、そもそも作業に移れない。

私は急いで周りを見渡し、皆のやっていることを真似しようとしたが、もくもくと紙に向かって何か書いているだけである。これでは参考にしようがない。

仕方ないので今度は隣の男に聞くことにした。

「ええと、何をするんだって?」

ただし、こういう答えが返ってきただけだった。

「XXXXXXXするんだよ」

私は観念して、クラウディアを呼んだ。

「ええ、何をするんですか?分からなかったのですが」

さすが先生だ。顔に貼りついた笑顔だった。

「あなたの国を書くのよ」

ああ、なんてこんな簡単なことすら理解できなかったのだろう。結果、私が紙の上に"JAPAN(ヤーパン)"と書き終わったのは、実にクラスで一番最後だった。