ライフジャケット
「何だって、そんな馬鹿な!」
高杉は一気に酔いが醒めていくのを感じた。実際にはアルコールは体内に蓄積されているのだろうが、酔ってはいられなかった。
「そんな馬鹿なことがあるか。さっきまで元気だったんだぞ。それに、もうじき退院だって言っていたんだ!」
「兎も角、彼の奥さんから急な知らせなの。急いで病院へ行ってあげて!」
「わかった!」
高杉は勘定を済ますと、足早に宮本の入院している病院へと引き返した。
病院へは地下鉄を乗り継いで行くのだが、暗く長いトンネルが、気が遠くなるほど長く感じる高杉であった。
病院の表玄関は既に閉まっており、裏口の通用門から入る。高杉は自分が少し酒臭いことを恥じながら、守衛の横を抜けていった。
宮本は既に霊安室にいた。顔に白い布切れを被せられ、横たわっていた。そこにしがみつくように泣き崩れる二人の息子。宮本の妻は息子たちをなだめるだけで精一杯の様子だ。
「昼間は元気だったのに……。奥さん、これはどういうことなんですか?」
宮本の妻はハンカチで目頭を押さえながら、高杉の方へ向き直った。
「先生の話では肺梗塞を起こして、即死状態だったって……」
そう言うと、宮本の妻は急に泣き崩れた。息子たちを支えるだけの力も今はなかった。己の悲しみに抗うことができなかったのである。
「肺梗塞……」
高杉が唸るように呟いた。
高杉が宮本の妻、恵美に呼ばれたのは、四十九日が終わってからだった。宮本の家へ招かれたのだ。
高杉はこの間、社内で宮本の遺児のために育英募金の幹事を申し出た。それは微力ではあったが、恵美にとっては有難い好意であった。
「この度は色々とお世話になりまして……。何とお礼を申したらよいのやら」
恵美が丁寧に頭を下げた。
「いえ、ほんの気持ち程度ですよ。あまりお力になれなくてすみません」
高杉がお茶を啜った。高杉は心配だった。これから宮本の家族が経済的に遣り繰りできるのかどうかということが。おそらく高杉はそんな表情をしていたのだろう。
「私も働き始めたんです。パートですけど」
恵美が呟いた。その表情は憂いを帯びていた。
「そうですか。やはり経済的に苦しいですものね」
「ええ……。子ども二人を養うとなると生命保険だけでは……」
「失礼ですけど、奥さんは働いた経験は?」
「ずっと専業主婦でした……」