ライフジャケット
高杉が実際に釣れた魚のサイズを手で表す。それは四十センチをはるかに越えるサイズだ。宮本が「くくっ」と笑った。釣り人の自慢話は手を縛れとの話があるからだ。
「まあ、退院が近いなら心配は無用だな。シロギス釣り、楽しみにしてるぜ」
「あのキュンキュンした引きがたまらないんだよなぁ。最近は胴付き仕掛けが流行っているらしいな」
「俺も試したが、東京湾では結構釣れる。それに引きがいいんだな。魚の感触がダイレクトに伝わってさ。ピンギスでも大物かと間違えるぜ」
「早く行きてえなぁ……」
「もう少しの辛抱さ。それより、今年は銭洲の遠征に行きたくてな」
「銭洲かぁ……」
「シマアジやカンパチの楽園だぜ」
「竿がギュンギュン引き込まれて、ドラグが鳴って……。くーっ、たまんねぇ!」
こうして二人の会話は夕食が配膳されるまで続いた。
高杉は宮本の見舞いの帰り、馴染みの居酒屋でホッピーを煽った。ビールよりホッピーを好む高杉である。アナゴの白焼きが黒板に書かれていたので注文した。
(そう言えば、今年は夜アナゴに行っていないな……)
夜アナゴとはその名の通り、夜に船から釣るアナゴのことで、趣があり風情のある釣りである。餌を小突く誘いと合わせのタイミングが難しく、熱中するファンは多い。高杉はあまり夜アナゴの経験はなく、夜釣りでいくと、夜メバルの方がどちらかというと好きだった。
「先日はカサゴをありがとうございました」
居酒屋のマスターが包丁を握りながら、片手間に挨拶をしてきた。高杉は大漁だった時、この店にお裾分けしているのだ。店はそれを安価で客に提供したりするものだから、非常に喜ばれるのである。
「結構デカいのも混ざっていたでしょう?」
「ええ、刺身にさせていただきました。お客様も大喜びで」
「そりゃあ、何よりだ。また釣ってきますよ」
「ありがとうございます。また是非お願い致しますよ」
マスターが愛想の良い笑顔を高杉に向けた。高杉は気分良く酒が進んだ。ホッピーの泡が何とも心地よかった。どことなく香る麦焼酎のラムネのような匂いが、高杉を酔わせた。
高杉がちょうどほろ酔い気分になった頃、胸元にしまった携帯電話が鳴った。高杉は「無粋な奴だ」と思いながら、渋々電話に出た。それは聞き慣れた妻、信子の声だったが、空気は切迫していた。
「あなた、大変よ。宮本さんが亡くなったらしいの」