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 その日の午後の病室には、強い日差しが差し込んでいた。さすが夏を思わせる日差しの強さである。
宮本栄一は静かに横たわっていた。点滴のチューブを虚ろな瞳で見つめている。病室内はクーラーも効いており、暑くはなかった。
「よう、宮本」
 汗を拭きながら病室に入ってきたのは、宮本の同僚であり、友人でもある高杉健一であった。宮本が痩せているのに対し、高杉はやや小太りだ。会社ではいつもデコボココンビなどと言われている。
「おお、高杉、すまんな」
「いいってことよ。それより退屈だと思ってな」
 高杉が宮本のベッドサイドに雑誌を二冊放った。それは沖釣りの雑誌だ。宮本も高杉も沖釣りが趣味だった。その趣味を通じて親交を深めていたのだ。
「いやー、それにしても外は暑いな。三十度以上はあるぞ。ここは天国だ」
 高杉の額からは玉のような汗が、まだダラダラと流れ出している。病院の中は程よく空調が効いていた。
「馬鹿言え、俺にとってここは地獄だ」
 そう言いながら宮本は高杉が差し入れてくれた雑誌に手を伸ばした。沖釣り雑誌の最新刊だ。それをパラパラと捲る。
「ああ、船に乗って釣りに行きてぇ!」
「退院したら存分に行こうぜ」
「何で俺が胃がんなんかになるんだよ」
 そう、宮本の病名は胃がんだった。社内の健康診断で指摘を受け、精密検査をしたところ、胃がんが発見されたのだ。幸いなことに、他の臓器への転移は認められなかったため、胃の三分の二を切除しただけで済んだ。
「まあ、愚痴を言うな。転移していなかっただけでも良かったじゃないか」
「最近、点滴のチューブがクッションゴムに見えるんだ」
「そりゃ、重症だな。退院したらマダイかワラサにでも行くか?」
 高杉が思わず苦笑を漏らした。クッションゴムとは釣具のひとつで、糸切れを防ぐゴムのことである。透明なものはそれこそ点滴のチューブにそっくりだ。
「秋になる前には退院するさ。先生も退院がもう近いと言っている。そうだなぁ、退院後の初釣りは……、ボウズも嫌だし、シロギスでも行くか?」
「ふふふ、随分気弱じゃないか。それに胃が弱いんじゃ天ぷらは食えないだろう」
「刺身サイズが釣れてくれればな。それと干物にしてもいい。天ぷらは家内や子どもに任せるよ。ところで高杉は行っているのか?」
「ああ、先週もカサゴに行ってきた。観音崎沖でいい型が随分出たぞ」
作品名:ライフジャケット 作家名:栗原 峰幸