ライフジャケット
船の釣りは共同作業である。隣の釣り人がタモ網で魚を掬ってくれた。甲板の上に上がったのは三キロ以上もある立派なシマアジだった。高杉はこんなシマアジを釣りたくて銭洲まで来たのだ。
「波が高いけど愉快ですな」
隣の釣り人が高杉に語りかけてきた。
「いや、これが釣りたくて銭洲まで遠征に来たんですよ」
「今が時合みたいですから、どんどん釣りましょう」
高杉はシマアジをすばやく神経絞めにすると、大きなクーラーボックスに放り込んだ。そして、次の仕掛け投入の準備に入る。
午前十時。この時点で高杉は十枚のシマアジを釣り上げていた。これだけでも十分な釣果なのだが、更に釣果を伸ばしたいと思うのが釣り人の性である。
だがこの時、急に風向きが変わった。次の瞬間、恐ろしいほどの突風が船を襲ったのだ。船は大きく揺れ、ミヨシ(船首)付近の釣り人の中には転倒する者もいた。
「これはまずい。時間より早いけど、これで揚がります。直ぐに道具を片付けて」
船長のアナウンスに文句を言う者もいた。何せ遠征釣りだけに料金も高い。それで早く揚がられたのでは損をした気分になるというのはわからないでもない。だが、船の上で船長の権限は絶対だ。
「バカヤロー、死にてえのか!」
その船長の一喝で、船は一路、下田に引き返すこととなった。釣り人たちは渋々、キャビンへと引き揚げていった。すると、船はフルスロットルで駆け出した。
波は以前にも増して高くなっているようだった。ベッドに横になってなどいられぬ。どこかにしがみ付いていなければ、身体が宙に浮いてしまうのだ。それでも、船は空を飛んだかと思うと、急に硬い水面へと叩きつけられた。その衝撃たるや凄まじいものであった。
「しっかり捕まってて!」
船長が叫んだ。どうやら海況はすこぶる悪いようだ。大型遠征船が木の葉のように弄ばれているのが、高杉にもわかった。
だが、フルスロットルで駆けていた船のエンジンが急に、穏やかになると、減速し、停止してしまった。
「エンジントラブルです。今、海上保安庁に遭難信号を出しました。救助を要請します」
船長のそのアナウンスに一同がどよめく。動揺の色が走った。高杉が状況を確認しようとキャビンから出ると、「危ない、出るな!」と船長に一喝された。