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郷愁デート

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「お互い、似たもの同士ってことか」
「かもね。あははは……」
 遊んで汗の滲んだうなじを、そよ風がくすぐった。私の髪が風に靡いた。
「どうだい、決して綺麗な空気とは言えないけど、下町の風も満更じゃないだろう?」
 私の顔を覗き込みながら、広樹が笑った。それは自分の故郷であるこの地を自慢しているかのようだ。
「ええ、とってもいい気持ち」
「よくガキの頃ね、この歩道橋から電車の運転手に手を振ったんだ。手を振り返してくれる運転手と、くれない運転手がいてね」
 広樹がそんな話をしていると、ちょうど京浜東北線が川崎方面からやってきた。すかさず二人で手を振ってみる。すると運転手は照れたような笑みを浮かべて、手を振り返してくれた。二人で顔を見合わせ、「やったね」と言いながら笑った。
「ところで沙紀ちゃんは東京の生まれかい?」
「ううん。私が生まれたのは神奈川県の津久井という所なの。今は相模原市と合併しちゃったけど、昔は津久井町っていう町だったのよ。高校の時のあだ名なんか『ぐんちゃん』だもんね。郡部出身だから『ぐんちゃん』ってわけ」
 私はしばらく足を向けていない故郷を思い出した。
 私の育った青野原という場所は、今こそ相模原市になったものの、最近では路線バスも廃止されたと聞いている。
「じゃあ、ここと違って緑も豊かなんだろうな」
 広樹が遠くの空を眺めながら呟いた。
「森は深いわよ。それに道志川っていう川が流れていてね。キャンプやバーベキューなんかやるには最高よ」
 私は故郷に足を向けていない後ろめたさを覚えつつも、自慢げに言った。ちょうど津久井の方角は建物に遮られ、遠方までは望めない。しかしこの時、私の心は遥か彼方の青野原に飛んでいた。
「今度、一緒に行こうよ。今日は俺の思い出に付き合ってくれたから、今度は君の思い出に触れてみたいな」
「行こうよ、行こうよ。キャンプ場もあってね、道志川の川遊び、楽しいんだよ」
 私ははしゃぐように言った。童心に返り、広樹と川遊びを存分に楽しんだ後、川原で炭火を起こし、清流で磨かれて身の締まった鮎を味わう。野趣満点のデートではないか。
 そんなことを想像すると、自然と唾が出てきた。しばらく味わっていない鮎の塩焼きを、久々に食べたくなった。あの西瓜のような、ほのかに甘い独特な鮎の匂いを嗅ぎたくなった。よく父が釣ってきた、思い出の味と匂いだ。
作品名:郷愁デート 作家名:栗原 峰幸