郷愁デート
私はもっと広樹の思い出を豊かにしてあげたかった。そして、自分の思い出をもっともっと作りたかった。
何度かタイヤの滑り台で滑った時だった。広樹はタイヤに座ったまま、立ち上がろうとしなかった。私もそんな彼にしがみついたまま、離れずにいた。こんな時は時間も長く、お互いの温もりも、より感じられて嬉しい。ただ、高鳴る心臓の音が、お互いの服を擦り抜けて伝わる。
広樹がタイヤの怪獣を見上げた。
「俺さあ、結構強がって生きてきたけど、正直言って、ヘコむこともあるんだ」
広樹がボソッと呟いた。
「そんな時には、この公園に来るんだよ。すると、無邪気に遊んでいたガキの頃を思い出して、何か元気になれる気がするんだよな」
私はこの時、広樹の背中の大きさを測っていた。広樹のウエストをギュッと抱き締める。
「思い出の引き出しを開けることは、決して悪いことじゃないわ。いつも歯を食いしばってばかりいたら、疲れちゃうもの。思い出に浸るのは、明日への活力剤にもなるんじゃない?」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
私が抱き締める手を、広樹が上から強く握ってくれた。男らしい強さと、優しさのこもった力だった。真の職人肌の掌の感触は、私には何とも言えず、心地よかった。
私はこの時、広樹とならば支えあって、上手くやっていけるだろと確信した。
二人でタイヤの怪獣を見上げた。その瞳は優しそうにも、怖そうにも見える。怪獣はこの公園に訪れる人々を、時に優しく見守り、時には厳しく叱咤してきたのだろう。怪獣は太陽を背に、誇らしげにそびえ立っていた。
「何か、喉が乾いたね。ジュースでも飲もうか?」
広樹が爽やかな笑顔で振り返った。
ひとしきり滑り台で遊んだ後、私たちは公園の脇に架かる歩道橋の上にいた。JRの上に架かるこの歩道橋からは、行き交う電車が眺められる。
そこで広樹と私は、自動販売機で買ったジュースを飲んだ。広樹はグレープジュース、私はオレンジジュースだ。
「俺さ、幼稚園の時、親のワインをグレープジュースと間違えて飲んじゃったことあってさ。甘くはなかったけど、結構イケた記憶があるんだよね。親も『この子、飲めるじゃん』なんて囃し立てたっけ」
広樹がグレープジュースを見つめながら笑った。
「私も実は、小学生の時くらいかな、お父さんのお酒をこっそり飲んだことあるのよ。結構美味しかったな」