郷愁デート
「道志川は鮎もいてね。それが美味しいんだよ」
「そうだろうな。水の綺麗な所の鮎は美味しいだろうな」
広樹が舌なめずりをしながら呟いた。
「そう言えば、そこに流れている多摩川にも最近は鮎が戻ってきたんだよ。昔は洗剤の泡で汚れていた多摩川にさ。食べたことがないから味はわからないけど、ここで生まれ育った俺としては、ちょっぴり嬉しいね」
広樹が自慢げに言った。誰でも心の中の故郷は、いつまでも綺麗なものでありたいと願うものだろう。私だってそうだ。汚れた道志川の水など、想像もしたくない。
ふと、公園の方を向いた。タイヤの怪獣の瞳は厳しさの中にも優しさを湛え、二人を見守っているかのようだ。
私が怪獣に見とれていると、広樹がクスッと笑った。
「まだ幼稚園の頃の話なんだけどさ。近所の女の子とあの公園に遊びに来てね。あの怪獣の尻尾から背中に乗って、オシッコしたことがあったんだ。『天気予報をお知らせします。今日の東京は雨です』って言ってね。そうしたら、その女の子がカンカンに怒ってさ。俺の親に言い付けやがんの。お陰で俺は、お袋から大目玉食らったんだよ」
「ぷぷっ、あはははーっ、わーはっはっはっ、ひーっ、おかしい、やめて!」
お腹の皮が捩れそうだった。私は横隔膜が痙攣しそうなくらいに笑ってしまった。こんなに心の底から笑ったのはいつ以来だろうか。
「そんなにおかしいかい?」
広樹がニヤニヤ笑いながら、私に尋ねる。
「もうダメ。涙が出ちゃう」
笑い過ぎたせいだろうか。遊びの疲れも手伝って、私のお腹がグウーッと鳴った。
「聞こえた?」
「聞こえたよ。そろそろお昼にしようか。餃子が美味しいラーメン屋があるんだけど……行くかい?」
デートでラーメン屋と、あくまでも気取らないのが広樹らしくていい。そうだ、私だって等身大の自分でいたい。自分を偽り、飾ったところで長持ちはしない。ならば最初から素のままの自分でいる方が楽だ。
「行く、行く。私、餃子って大好きなんだ」
「そこの餃子は中に青海苔が入っていてね。香ばしいんだよ」
私の口の中は、既に唾で一杯だった。自分の喉がゴクリと鳴ったのが、鼓膜に直接響く。
「私、ラーメン、大盛り食べちゃおうかな」
「よく食べる女の人って、好きだなぁ。健康そうでさ」
私はまた、広樹に腕を絡ませた。そして、歩道橋の階段を踏みしめるように下りた。