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郷愁デート

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 広樹の強さが欲しかった。少しでも側にいて、その強さを分けてもらいたかった。そして、同じ時間を共有したかった。
「素敵なんて言ってくれたのは、君が初めてだよ。ちょっと待ってて」
 広樹は照れたように笑うと、機械に向かい、おもむろに動かし始めた。男らしい、無骨な音が夜の町工場の中に響き渡った。
 程なくして、広樹は私の方へ向き直った。その手には鮮やかな銀色に光るネジが握られていた。
「これを君にプレゼントするよ」
「ネジを私に?」
「これはどの規格にもない、世界でたったひとつのネジさ。君のためだけに作ったネジだ」
 私は銀色の螺旋を受け取った。その時、それはダイヤモンドより輝き、その光沢はプラチナより贅沢に見えた。そして一本のネジの持つ重量感が、これ程とは思いもしなかった。
 ただの小さいネジ。されど人の思いのこもったネジ。物を作るということは、魂を込めるということなのかもしれない。何だか、そんな気がした。
「ありがとう。肌身離さず持って、大切にするわ。お守りにしようかしら」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
 広樹が屈託のない笑顔を返した。私はその裏表のない笑顔に、また惹かれた。
「今度の日曜日、空いていないかしら?」
 そう誘いかけたのは、私の方からだった。
「ああ、特に予定はないよ」
 広樹がはにかむように笑った。女性に対しては奥手なのだろうか。その照れた顔が可愛らしかった。
「なんだ、夜中に機械、動かして。近所迷惑も考えろ」
 二階からパジャマ姿の男性が下りてきた。顔は広樹に似ている。
「すまんな、親父」
 どうやら広樹の父親のようだ。
「すみません。夜分にお邪魔して」
 私は深々と頭を下げた。
「はあ、広樹、えらくベッピンさんを連れ込んできたじゃねえか」
「親父、言葉遣いに気を付けろよ」
「おお、わりい、わりい」
 パジャマ姿の広樹の父親は、私の方へ向き直ると深々と頭を下げた。
「私に似て、不器用な息子ですが、ひとつよろしくお願いします」
 その姿が少し滑稽ではあったが、いやらしさはなかった。
「いいから、親父は邪魔すんなよ」
 広樹が父親の背中を押す。父親は「はいはい」と言いながら、二階へ上がっていった。そのやり取りが、どこにでもありそうな幸せで、可笑しかった。ホッとできる一幕であった。
 広樹がバツの悪そうな苦笑を私に向けた。私は微笑みを返した。
作品名:郷愁デート 作家名:栗原 峰幸