郷愁デート
「あいつらのところへ行きたかったら、俺に遠慮することないんだぜ」
広樹が振り向き様に言った。
「違うの。私の意志で来たの。あなたに興味があるのよ」
すると先程までムスッとしていた広樹の表情が、少し和らいだ。
「えーと……、名前、何だっけ?」
「井上沙紀よ。覚えといて」
「これから、自宅兼工場に戻るんだ。そこで君にプレゼントをあげるよ」
広樹はそう言うと、風を切って歩きだした。堂々とした歩き振りだ。風がまるで、彼を避けているようだった。
広樹の自宅兼工場は、蒲田駅から歩いて十五分程のところにあった。それは小さな町工場だった。
「ここで何を作っているの?」
「ネジさ」
そう言いながら、広樹は古そうな扉を開けた。ムワッと機械油の匂いが私に抱き着いてきた。どこか男の体臭にも似たその匂いは、女の本能を刺激する媚薬が含まれているのだろうか。その時、その匂いが嫌だとは思わなかった。
蛍光灯の明かりを点けると、年代物と思われる機械が並んでいた。
「俺はここで、親父とネジを作っているんだ。うちのネジはね、ジャンボジェット機に使われているんだ」
広樹はネジを一本摘まんで、私に見せた。
「このネジ一本が、多くの乗客の命を支えているんだ。俺と親父にしか作れないネジもあるんだぜ。それが俺の誇りでもあり、俺が俺でいられる強みかな」
そう熱く語る広樹の瞳は、まるでマンガの主人公のように輝いて見えた。
「素敵……」
その言葉は自然と出た。特に意識したわけではない。私は広樹の中に、人間が人間らしく生きる素晴らしさを感じていたのだ。だからこそ、ブランド男に罵られても平然としていられたのであろう。ブランド男たちが外見は麗美にも関わらず、実は軟弱な耐震偽造のマンションだとしたら、広樹は基礎も柱もしっかりとした、注文建築住宅と言ったところか。よほどのことがない限り、倒壊しない芯の強さを広樹に感じていた。
それに比べてOLの私はどうだ。私が退社しても代わりの人材はいくらでもいる。毎日、パソコンのキーを叩き、書類に印鑑をもらう。私でなければできない仕事というわけではない。私は自分の仕事に誇りが持てる広樹が羨ましかった。
そして、そんな彼に好意を寄せている自分にはっきりと気付いた。