郷愁デート
「ああ、ごめん、ごめん」
ブランド男が肩透かしをして、おどけてみせる。
「でも、いいんだよ。君には美貌があるから」
「キャーッ!」
周囲の同僚が一斉に湧いた。
合コンは実に不愉快な時間だった。「おぼっちゃま」のブランド男たちは女性の喜びそうな台詞を不自然に並び立てた。一見、紳士に見えるその下に、飢えた野獣の影が見え隠れしていた。
それでも同僚の二人は、何とかブランド男たちに話題を合わせていた。
「君の好きな食べ物はなんだい?」
「ラーメン」
ブランド物の腕時計をした男が、私にしきりに話しかけてきた。質問はごくありきたりで、実に味気ないものだったことを覚えている。中身のない話では、いくらブランド物のスーツで身を固めていても、すべてがまがい物に見えてしまう。私はその男の話を、のらりくらりと躱していた。それも、相手の意にわざと反する答えを見つけて。
そんな私の態度に腹が立ったのだろう。その男は突然、広樹を攻撃し始めたのである。
「誰だよ、こんなチンケな奴を呼んだのは。こいつ理工学部を出てんのに、冴えない町工場を継いでるんだぜ。信じられねー」
飢えた野獣は獲物が手に入らないとわかると、ところ構わず攻撃を仕掛ける代償行動に出たのだ。いや、もともと自分の金持ち振りを際立たせるために、わざと広樹を誘ったのかもしれない。
しかし、広樹は顔色ひとつ変えずに、食事をしていた。
「お前って、卑しいよな。こんな時でもガツガツ食いやがって」
その男は更に広樹を責めた。
しかし、広樹はその男を一瞥すると、言い放った。
「男は食う時には食うもんだ。お前ら、余計なことをしゃべり過ぎなんだよ。虫酸が走るぜ」
私はこの時、既に広樹に対して魅力を感じていたのかもしれない。
「こいつ、空気読めねえよー」
ブランド男が二人揃って同じ台詞を吐いた。
「空気を読めないのはどっちかな?」
広樹はしたり顔で、二人を眺めた。
私の心が男に向いていないことくらい、広樹にはお見通しなのだろう。
その後の二次会には、広樹はもちろん行かなかった。
「待って!」
私は広樹の背中を追った。作業服を纏った背中が凛々しく見えたものである。
「おい、沙紀ちゃん! 二次会、行こうよ!」
背中でブランド男の声が聞こえた気がした。しかし、私の瞳の中には、広樹の背中しか映っていなかった。