ユキヤナギ
翌日の夜に由紀から電話がかかってきた。「こんばんわ」という由紀の艶っぽい声で、私はなぜか由紀は一人で来るのではないかと感じた。「洋子ちゃんね、もう予定があるんだって」と、ちょっとだけ残念そうなトーンで言ったが、すぐに「でも、行くでしょう?」と少し媚びるような声で由紀が言った。私はたぶん最初に誘われた時から行くつもりでいたと思うのだけれど、「うん」とだけ答えて、由紀の指定した時間と場所を確認して電話を切った。
その広い公園には色々な花が咲いていて、由紀が教えてくれる花の名前を覚えようとするのだけれど、数分後に違う花の名前を聞いたら、もう先程の名前は忘れていた。たぶん、由紀と一緒に話をしながら歩くことに幸せを感じて、少し上の空だったのかもしれない。
それほど高くはないが斜面の上に大きな岩が見えた。由紀をみると、由紀も私の顔を見て「行ってみようか」と言った。もう由紀は前に立って嬉しそうに登って行く。私は由紀の少し男っぽい歩き方の後ろ姿を見ながら後に続いた。
やや息がはずんだ声で、「わあーっ」と由紀が歓声をあげる。私もてっぺんに立ち、下を見下ろした。街並みがよく見えた。今まで感じなかったが、頬にやや冷たい風があたっている。それも気持ちよく感じた。
由紀はと見ると、大きな岩に登ろうとしていた。私が「無理だろう」と言うと、「これぐらい」と言いながらよじ登ってしまった。1メートル半ぐらいだろうか。由紀は得意そうなポーズで遠くを見ている。私も登ろうかなと思った時、由紀が下を見て、どう降りようかと迷っている。
私が由紀に向かって手を差し出しすと、ちょっとためらったあと由紀は私の手を握り飛び降りた。降りてから由紀はすぐに手を離して下に向かって歩き出した。私は少しだけ由紀の手の感触を記憶し、下に向かった。
この公園に来ようと誘った積極性と、ちょっとだけ握った手をすぐにふりほどくようにして先に降りてしまった由紀の気持ちを測りかねながら、私は案内板を見ている由紀のそばまで行った。