ユキヤナギ
第一章 S
―あれっ、何だろうこの感じは― 私はそのどこか懐かしさを含んだような感じに身を任せた。もやっとした中から、それは少しずつ姿を現してきた。
「雪ヤナギだ」私は頭の中でそう言葉にした。たった今歩いてきたどこかでちらっと見たことで、記憶のスイッチが入ったのだろう。それは遥か昔のことでもあり、嬉しさだけではないその感情は私がそれだけ歳をとったことでもある。
二十歳だった。連休をあてた東京周辺に住んでいる者だけのクラス会が終わって、友人の車に乗せてもらう相談をしていた所に由紀がやってきた。「ねえ、あしたS公園に行って見ない?」と、少し酔った顔をして言った。十人程度の出席者なので、ほぼ全員と雑談したが、由紀の方から近づいてはこなかった気がする。しかし、私がこの集まりで最初に眼についたのは由紀だった。そして、背中合わせになった時に、身体が触れ合っていことは忘れていない。
私は隣にいる友人の顔を見た。彼が興味深そうな顔をしたので、由紀に「他に誰か行くの?」と聞いた。由紀は少し考えた顔をして「洋子ちゃんをさそってみる」と言った。
誰かが私たちを冷やかしながら帰って行った。「じゃあ、洋子ちゃんと相談してから電話するね」と、由紀は小走りに走って行った。
友人は、私を送ってくれている間、由紀の話題はしなかった。少し思い詰めたような由紀に何かを感じたのかもしれない。私の頭の中にはずうっと由紀の顔と声があったが、だんだんと由紀の顔がぼやけていく。なぜか声はいつまでも鮮明に残っていて、私のどこかをツンツンと突いている。