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てっしゅう
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「忘れられない」 第八章 諦めない

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「有紀・・・励ましていてくれているんだね。ありがとう。でももういいんだ。泣き尽くしたし・・・涙ももう出ないから。後は静かに余命を全うするよ。有紀はボクから離れて好きに生きろよ。人生はまだ長いからなあ」
「ふざけないで!何が好きに生きろよなの。そんな軽い気持ちで生きてきたんじゃないのよ!明雄さんが死んだら、もう生きてゆく意味がなくなるから、私も死ぬよ。それこそ、あの世で一緒になろうよ」明雄は初めて有紀の怒る声を聞いた。本当は激しい気性だったのか、と思わせるぐらいに語気が荒かった。

「ボクだって有紀が死んだら生きてゆけない、同じだよ。でも、助からないんだからそのことは真摯に受け止めて、自分の人生を考えて欲しいんだよ。キミが悲しんでばかりいる姿をあの世から見るのは辛いんだ」
「勝手に助からないって決めないで。頑張って治療を受けましょうよ。明雄さんの気持ちはとても嬉しいわ。その言葉で覚悟が決まったの。あなたを死なせない・・・死ぬときは同じよ。ねえ、本気で頑張ろうよ・・・絶対に助かるんだって・・・免疫力は本人の気持ち次第だって聞くよ」
「有紀・・・有紀・・・そうだな・・・そうだよな。助かるよな・・・有紀を絶対に悲しませたりはしない。頑張るよ。ありがとう・・・ありがとう」

枯れたはずの涙が明雄の頬を濡らした。有紀も堪えていた涙を止めることが出来なくなっていた。

しっかりと握り合った手から、温もりと一緒に明雄の悲しみも伝わってきた。自分がくじけたら、明雄は諦めてしまうかもしれない・・・そう有紀は感じていた。

「ねえ、さっきねこの近くに住んでいる友達に会ってきたの。その方もご主人もそして何人かのお知り合いにも声を掛けて、移植の適合検査を受けて頂けるのよ。私も含めて・・・可能性は低いけど、あなたに提供できる人が見つかるかもしれないわ。諦めないで・・・ね」
「有紀・・・そんな友達がこちらに居たのか」
「ええ、あなたに逢うために乗った新幹線の中で知り合ったのよ。同い年の方。とっても仲良くしているの・・・気が合うのかしら。勇気も戴いたし、ねえ、好意に応えなきゃ・・・明雄さん」
「そうか・・・そんなにボクのことを思って頂けるなんて光栄だなあ。頑張らなきゃ裏切ることになるね」
「そうよ、もし適合して提供するとなるととてもすごいことなんでしょ?自分の肝臓を切ってあなたにあげるんだから・・・怖いわよね、どうなっちゃうんだろうって考えちゃう」
「そうだなあ・・・僕があげられるかって言えば、考えちゃうと思うぐらいのことだから。そんな行為を他人がしてくれるなんて・・・有紀の人柄だなあ。キミは大したものだ。尊敬するよ。生まれ持ったものなんだろうね・・・有紀とこうしていられることは神がくれた奇跡だよ」
「そんな言い方辞めて・・・私はただのオバサン。明雄さんが一番好きでここまできた普通のオバサンなだけ。だから、あなたも私が好きなオジサンでいて・・・それだけでいいの、ね?」

チラッと昨日の女性が脳裏に浮かんだ。明雄に念を押すように自分だけを好きでいて、と言ってしまった。明雄は笑顔で首を縦に振った。明雄には正直話さないといけないことがあったが、今は言わないでおこうと思った。有紀も同じように、話さないといけないことがあったが、今は辞めておこうと昨日決めていた。少し見つめあう瞬間が出来て、間が開いたが、やがて有紀は明雄の首に腕を回し唇を重ねた。

「大好き・・・ずっとあなたが好き。だれにも負けないから」

解っていることでも今、それを言いたかった。

宇佐美医師が巡回に回ってきた。有紀の顔を見て、
「奥様・・・もうお話されましたか?」と尋ねてきた。
「はい、話し合いました。頑張って治すんだと誓い合いました。どうかよろしくお願いします」
「そうでしたか・・・最善を尽くします。かなり苦しい時があるかも知れませんが、支えになってあげてください。それから、移植の件ですが・・・大変デリケートなことになりますので、私ではなく専門のスタッフがお話させて頂きます。検査を受けて頂ける方には担当コーディネーターが契約書を交わしながらの交渉となりますので、ご理解して下さい」
「はい、解りました。先生の仰る通りにさせて頂きます。これからのことですが、私は何をすればよいのでしょうか?」
「適合検査に関しましては日を決めてご連絡しますので、順番に対応させて下さい。また、これからの治療につきましては、化学療法と放射線治療を並行して行います。副作用が一週間ほどで現れてきますので、ご主人を励ましてあげてください。後はこれといってないのですが、ご希望でしたら夜間も付き添って頂けるように、個室への移動も検討いたしますので言ってください」
「ありがとうございます。では、検査を受けて頂ける友人にはその旨連絡をしておきます。明雄さんの副作用がひどくなった場合には付き添いたいと思いますので、個室への移動を頼むと思います」
「解りました。では、私も最善を尽くしますので、石原さんも頑張ってくださいね」

部屋に残った看護士が補足をするようにアドバイスをしてくれた。
「髪の毛が抜けたりしますので、気になさるようでしたらお帽子ご用意してください。地下の売店で専用のものがありますが、何でも構いません。入浴は制限がありませんので、ナースセンターに浴室の鍵を取りに来てください。時間は30分です。厳守お願いします。食欲がなくなる可能性がありますので、カロリーメイトなどの補助食品を冷蔵庫に入れて置かれると良いですよ」

一通り聞いて、有紀はメモをした。明日から戦いが始まる。少しお金が必要になりそうなので、一階にあるATMまで行って来ると明雄に言った。明雄は自分の財布から、一枚のカードを出し、これでお金を下ろしてくるように有紀に頼んだ。

「明雄さん、こんな事言っては失礼かもしれないけど、もう夫婦なのよ。お金は私が用意するから心配しないで・・・妻の役目でしょ」
「有紀・・・キミのお金を使わせる訳には行かないよ。借金の返済が少し遅れるけど、入院したから待ってくれると思うよ。ボクのお金でいろいろ払って欲しい」
「だめ、今残っているお金は全部返済に回して。今日からは私がやりくりするから、ね・・・そうさせて」
「有紀だって、働いている訳じゃないんだろう?そんなにお金があるの?」
「決めたの・・・あなたの病気が治ったら、働いて一から稼ぐわ。寝屋川のマンションがあるから、二人で暮らせるだけ働けばいいし。今は、病気治して、借金返して、早く自由になれることを祈りましょう。じゃあ行って来るから、待っててね」