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てっしゅう
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「哀の川」 第八章 夏休み

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「お褒めいただき光栄です。関西弁が出ますが許してくださいね。でも、直樹はこちらでは言葉がなまらないねえ、私もそうなるのかしら」
「姉さん、気にしなくていいよ、僕たちは生まれたときからの言葉でしゃべればかまわへんから、ハハハ・・・」

麻子は年が二つ下になる杏子がとても気に入っていた。スタイルも良く、綺麗で自分には無い端正な顔立ちと仕草に、ある憧れにも似た気持ちを抱いていたからだ。杏子も年上の妹とはいえ、子供がいる直樹にはもったいないほどの麻子に魅かれていた。
「麻子さん、私がお姉さんになるようですけど、お互いに名前で呼び合うようにして構いませんか?」
「ええ、そのほうが私もいいから、そうしましょう。さあ、私のお部屋に来て、まずは着替えてリラックスしましょう!」

杏子は麻子の部屋を使うことにした。自然と直樹は麻子と同じ部屋になった。それに純一ももぐりこんできたから、三人川の字に寝るはめになった。ここの改築が始まったらみんなどうするのかちょっと頭が痛い麻子と直樹だった。


日本は確実にバブル崩壊後の低迷期に入ろうとしていた。しかし、今までの蓄えや、企業の経営環境がしっかりとしている状況下で、一般にはそれほど不況感は感じられていなかった。ジュリアナ東京もこの年オープンした。ワンレンボディコンのお嬢様たちが男を従えて踊り明かしていた光景に、不況など似合わなかったようだ。

香港にいた功一郎は、アメリカの資産を売却し債権の形で香港に投資していた。日本の税務局から目を付けられているので、帰国して仕事に付けないでいた。正式に離婚したので、身軽になった彼はかねてより交際のあった女性を呼び寄せ、香港事務所の名目で開設した現地法人に雇い入れる形で過ごしていた。97年の七月まであと6年ほど過ごして、ほとぼりの冷めた日本へ帰国しようと功一郎は思案していた。中国に変換されたら資産の保証が無くなるかも知れないと思うからだ。

旅行代理店に入った麻子と直樹は、パンフレットを眺めてあれこれと相談していた。
「ねえ、直樹、杏子さんも誘いましょうよ。四人の方がホテルとかも予約しやすいし・・・ね?いいでしょ?」
「そうだね、姉は以前結婚していた旦那の仕事でオーストラリアに住んでいたことがあるから、少しは英語が話なせるよ。便利かも」
「へえ〜そうだったの・・・なんかね、わたしって仕事もしてこなかったし、勉強もしてこなかったから何も出来ないって、最近思うのよ。姉さんだって、ダンス講師だし、あなたも独立して社長だし、杏子さんも英語喋れるし・・・」
「麻子はその分資産家だし、優しいし、何より綺麗なことは財産だよ。気にしないで、出来る事から少しずつ始めても遅くはないよ」
「うん、ありがとう、直樹は・・・上手ね、ウフフ・・・私以外にそんなこと言ったりしないでよ」
「はいはい、解ってますよ。それより、どうする計画は?」

仲の良い二人に、対応しているツアーコンダクターも多少呆れ顔をしていた。

日程は夏休みが始まる七月22日から、一週間とした。JALの直行便で成田からロンドンへ行く。美津夫からの紹介状を携えて、雑貨メーカーのクロンダイク社へ立ち寄る事も予定に入れている。直接目で見て商品の選択を自分なりに考えようと美津夫にお願いしたのだ。日本の市場向けに新製品を近く発表する計画も美津夫は聞いていて、それを確かめてきて欲しい依頼も受けていた。

旅行を楽しみにしている純一は毎日直樹と学校から帰ってくるとイギリスの勉強をしていた。都市の名前や、空港の名前、バスや地下鉄の路線図も調べた。自分が行きたい名所旧跡や博物館、美術館、それに買い物をする母のためにデパートやショッピング街も探していた。暇がある姉の杏子は、純一に簡単な挨拶英語を教えてくれた。始めてゆく外国に夢を膨らませる純一は今か今かと夏休みが来る事を指折り数えていた。

「直樹、ありがとうね、純一はすっかりあなたに懐いているわね。本当の親子じゃないかとこの頃感じるわ。そのうちお父さんって、呼ぶかもしれないね」
「それはまだ早いよ。僕たちに子供が出来てお兄ちゃんになったら、そう呼んでくれるかも知れないけどね・・・」
「じゃあ、子供作る?旅行中か帰ってからならタイミングはいいよね?」
「うん、早い方がいいよ、入籍は10月に出来るから、その後の出産なら全然大丈夫だし・・・」
「嬉しいわ、二人目が欲しいってずっと思っていたから・・・旅行中か・・・杏子さんいるし、純一も居るし、無理だよね?」
「二部屋になるんだから、一日ぐらいは僕たちだけで過ごさせてもらおうよ。姉も最近英語の勉強教えて純一君とは仲が良いから、一緒に泊まることは大丈夫だよ、きっと」
「そうね、純一もそのぐらいは理解できるよね」
「結構僕たちが考えているより大人になっているよ、子供ってそういうじゃない」
「あら、自分の子供がいないのによくそんなことが解るのね」
「自分がそうだったしね・・・子ども扱いして欲しくないってもう小学校の頃から思っていたよ」
「へえ〜、そうなの・・・男の子はそうなんだ」

麻子は純一の身体がもうすぐ大人の変化を見せるということに気付いてはいなかった。

いよいよ出発の日が来た。空港までは父と母、裕子と美津夫が見送りに着てくれた。出発ロビーから手を振って別れを惜しみ、直樹たちは中へと入っていった。搭乗までの一時間ほどは免税店を見たり、ジュースや飲み物を飲んだりしてあっという間に過ぎた。席はスクリーンがある真ん中の四席に座れたので、直樹、純一、麻子、杏子の並びで着席した。程なくジャンボは離陸し、安定飛行に入った。最初の食事が出て、就寝前の映画上映がおこなわれた。直樹と純一はすでに満腹から熟睡状態になっていた。麻子と杏子は少し話をしていた。

「杏子さんは何年結婚していたの?」
「五年かな・・・オーストラリアから帰って来て、子供が出来ないから相手のご両親からいろいろと言われたわ。それがプレッシャーに感じて、家事や人付き合いが出来なくなって・・・夫は責める訳じゃないけど、会社の若い子に手を出して・・・妊娠したから、別れてくれって。そんなの卑怯よって言ったけど、向こうの両親は子供が可哀相だろう?仕方ないだろうって・・・わたしは何でこんな人と結婚したんだろう・・・って悲しくなったわ。母が言ってた、好きじゃないのにエリートというだけで一緒になって、それ見た事か!って言われるし・・・」