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新月の夜に

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「異動かもしれない。」
月末に女の夫が言った。
「何処に?遠く?」
「いや、未定だけど、そろそろあるかもしれないなと思って。どう?」
「どうって何が?」
「引越し。」
女は、内心したくなかった。
ここに移ったのも、ずいぶん迷って気に入った場所だ。
そして、あの男のことも最近は気になっている。
「ここから通えないの?どこだって家の前から車で出かけるんだもの、10分15分遠くなったっていいじゃない。」
「普通、一緒に何処へでもでしょう。」
「そうかしらー。仕事は大事よ。でも生活をしている私のことも考えて欲しいけど。」
夫は、少し不機嫌だった。
「こうしよって言ったら『はい』って言うと思った。」
女は、夫のこういう部分だけは、以前から不満に思っていた。
夫は、テレビを付けると、そのまま女に背を向けた。
女は、(また・・)っと黙って食事の後を片付けるとひとりになれる部屋へと入って行った。
(やっぱり、それが普通なのかな・・。もしあの人と会っていなかったら迷わず着いていったのかな・・。)

新しい月になっても、異動の話はあれ以来ないまま、日は過ぎていった。    
カレンダーを見る。
(次の満月は?)
女の心が溜め息をついた。
夫は出かける予定ではない。
元気が出ない。今までにない感情に戸惑いながらも平常に振る舞い過ごしていた。

満月。
空は晴れていた。
少し暖かい風が吹くベランダで空を見上げる。
「ちょっとゴミ出してくるわね。」
明日の収集予定のゴミの袋を持って外に出た。
収集場所は、都合よく川沿いに向かう途中にあった。
ゴミを置く。他にも数個すでに出されていた。
そのまま、川沿いまで歩いていった。
川沿いのそこに男は立っていた。
「こんばんは。」
女は、声を掛けた。
「こんばんは。大丈夫ですか?」
女は、首を傾げたが、横に振り直した。
「居るの?」
「ええ。でも私が、満月を見ることは、ずっと前からだから大丈夫ですけど。」
女は、男の手に触れたが、すぐに離れた。
男は、女の頬に手の甲で触れた。
「あなたの手、温かい。」
「じゃあ、すぐ帰らないとね。」
「・・・うん。」
女は、込み上げる思いに頬が固まった。
「会えなくなるかもしれない。」
男は、何も聞き返しはしなかった。
「新月の日。またここで。」
男は、そう言い残し、止めてある車へと歩いて行った。
車は走り去って行った。
女は、満月を見上げた。輪郭が少し歪んで見えた。

作品名:新月の夜に 作家名:甜茶