新月の夜に
翌月は、一日中雨。
カレンダーに記された満月のマーク。
(行ってみようかな)
夫は出かけた。
傘を差して見えない月を探して川沿いまで来た。
空も映らないほどの濁流が僅かなライトに見えた。
(帰ろう)
そう振り返ると、傘同士がぶつかった。
「あ、ごめんなさい。」
相手の傘は、あの男が手にしていた。
「今夜も満月を見に来たんですか?」
男の言い方はどこか意地悪だった。
「いえ、今日は川を見に来たんです。」
女は答えた。
「こんばんは。」
男は自分の傘をたたんで女の傘へと入って来た。
傘の端に額をぶつけた男は、女から傘を取ると自分が差した。
「こんばんは。」
男は、少し体をかがめ、女にキスを求めた。
女は、躊躇った。
男は、女の頬に手を添えキスをした。
女は、そっと受け入れた。
「こんばんは。」
男を見上げた女の頬に傘からの雫が垂れた。
男は、指で拭った。
男の手の温もりが頬に触れたとき、女は自分の中に新たな感情が目覚めるのを感じた。
「今度の満月の夜も待ち遠しいですが、十五日後、またここで会いたい。」
「十五日後?」
「ええ。この時間ここで待っています。」
男はそういうと、傘を女に渡し、自分の傘は差さないまま、走って車に乗り込んだ。
窓を半分ほど開け、手を軽く上げると、車道へと車を走らせた。
残された女は、行く手を見つめていたが、見えなくなって家へと歩き始めた。
あれから、日が経つのをじれったく待ちながら女は、うきうきしていた。
近頃、機嫌のいい妻に夫も口数が増えた。
しかし女は、布団に入る頃になると、自問自答をした。
まだ名前さえも、お互いに教えあっていない男を信用していいのか?
何歳(いくつ)なんだろう・・・?
どんな仕事をしているんだろう・・・?
家庭がある人だろうか・・・?
どうして私に声をかけたの・・・?
会うって・・・?
何一つ答えが見つからない。
見つからないから女は会いたいと思った。
ひとつでも納得できる事柄を知りたかった。
女は、夫の予定表を確認した。