新月の夜に
朝から晴れ渡る青空。その日の予報は、この辺りの地域に限らず、全国的に晴れマーク。
気持ちも晴れる。要らぬ心配をしてきたことなど馬鹿らしく思うほど、穏やかな気分だ。
(何時になったら出かけようかな。今夜はお待たせさせないように待っていよう)
19時。日の入り時刻を確かめる。
日の明るいうちから待っていては、誰かと会うかも知れない。
ここに引越(こ)して来てからは、ご近所の付き合いも皆無に近いほどしてこなかったが、
顔を知る程度の人はいるかもしれない。
「いってらっしゃい。」
一時間ほど前に夫を送り出した女は、鏡の前に座った。
じっと目を閉じ、乳液をつけた掌で顔を覆う。砂漠に潤いが戻る。
(今夜は逢えるだろうか?逢えたら何を話そう?私の事?貴方の事?それとも・・・星の事?)
頭に浮かべるたびに、高揚していく自分に気付く。
「スキ。」
顔を上げ、鏡の自分を見つめながら言葉にしていた。
(きっと、またこんな事を言ったら、終わってしまうかな。名乗るのもしない人だもん。重たいのは駄目か・・・)
散らかっているわけではないが部屋を片付け、女は部屋を見回した。
「さてと、行ってきます。」
外は、昼間の暑さは残るものの日暮れの和らぎを感じた。
川沿いへ向かう足取りは軽い。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
何処の誰かは分からないが挨拶を交わした。
(こんなに遠かったかな)
気持ちばかりが逸るのだろうか、足を進めても目的地はまだ先に見えた。
(良かった。私のほうが先だわ)
空は、暗い。川面は漆黒の空と薄暗い電灯の光を映していた。
「どうぞ。」
女の後ろで車が止まり、声を掛けられた。
軽く頭を下げ、わずかに開けられた車のドアを開けた。
「こんばんは。いいですか。」
女は、男が頷くのを見て助手席に乗った。
車は、走り出した。
「お、お久し振りです。」
「そうですね。」
男の口数は相変わらず少ない。
女は、聞きたいことのほとんどが口にできないでいつもいた。
(今日は、聞いてもいいかな。聞けるかな?)
恋愛も多少はしてきた。結婚もしている。子どもたちとも話を合わせる。PTAだって。
町内の集まりだって。その場に合うように話すことなど気に止めることなく過ごしてきた。
それなのに女は、この男とだけは、違うと初めて感じた。