新月の夜に
車は、以前にも訪れた公園前の駐車場へと停車した。
「あの、なかなか時間が合いませんでしたね。あ、別にお約束ができていたわけではないけれど・・」
言葉は男の口づけで止められた。
「まだ何か話しますか?」
「・・・いえ」
男は、女のシートに体を重ね、口づけた。
女も躊躇うことなくそれを受けてなお男の唇を求め、顔を寄せた。
いつしか男からのキスよりも女のほうから男に注がれるキスになってゆく。
男は、そのされるがままのキスを暫く受けていた。
「あ、私・・・。」
「いいですよ。もっとしてくれても。」
「いやじゃないですか?」
「それならば誘わない。」
女は、うっすらはにかんだように微笑んだ。
今までの自分の行為を越えたことへの驚きだった。
(今夜が最後かもしれない。誰かも分からないけれど、今この人をたくさんスキでいたいから。悦んで欲しいから)
男がクスッと笑った。
男は悪戯っぽい視線で女を見た。女は、男の視線から目を反らす。
「少し、凭れてもいいですか?」
男は、女を胸元に引き寄せた。
「あの・・。」
男は何も答えず目を閉じたまま寄り添っていた。
(名前は?私のことスキ?〜やっぱり聞けない。聞いちゃいけないことのよう・・)
男は目を開け、エンジンを掛けた。
「帰りましょうか。」
「どうしようもなく淋しいの。」
女は、俯きそう言った。
「どうしようもない淋しさなんてないでしょ。ちゃんと本来ある場所に帰ることができるし、そこに居られるうちは。そうでしょ。こうして逢って、じゃあねと別れて淋しいと思えるのはそれを考える場所があるから。生活の時間に戻れば、自分自身のことしか考えられなくなるよ。」
よく理解はできなかったが、男が語ると何故か納得してしまうと女は思った。
「・・もう逢えないのかな・・。」
「どうして?」
「こんなことしたから・・もう私に興味なんて・・。」
「走りますよ。」
男は、来た道を帰った。川沿いの道の脇に車を止めた。
「ありがとう。じゃあ。」
女がドアを開けようとしたとき、男は言った。
「月が空に出なくなったら逢えないね。」
振り返り、男を見た女の顔に笑みが浮かんだ。
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
男の車を見送った女は、小さく手を振った。
[ 完 ]