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新月の夜に

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「「ただいま。」」
「楽しかった?」
女は、頷いた。
今からでも走って行きたい気持ちを我慢しながら自分の腕に爪痕が残るほどに腕を掴んだ。
なかなか消えないその痕が治まるまでとキッチンへ入った。
「暑かったね。アイスコーヒーでも入れようか。」
「ああ、いいね。」
女は、ポットに残る湯を確かめたが、ケトルに水を汲み、火に掛けた。
グラスとインスタントコーヒーを用意し、ゆったりと作り始めた。
途中、何度か水道水で腕を冷やした。
痕が分からなくなったのを確認して、夫の元にアイスコーヒーを運んだ。
女自身も2、3口飲んだが、トイレへと席を立った。

日頃、二人の時でも用を足すくらいならば、鍵などかけなかったが、鍵を掛けた。
独りになれる気がした。
「おい、大丈夫か?車のエアコンで冷えたかな。」
「大丈夫、気にしないで。」
女は、息を殺して溜め息をついた。
(もう一度だけ・・そう今度の新月の日だけは邪魔されること無く、逢いに行きたい)
リビングに戻った女は、冷えたアイスコーヒーを一気に飲み干した。

決めたものの半月を待つのは辛かった。
家事をしていても食事をしていても心のひっかかりが取れない。
鏡を見た女は、悲しかった。
急に歳でも取ったように覇気のない顔色。笑顔もうまく作れない。
こんな顔で男に逢うなんてと悲観的な思いばかりが余計に表情を悪化させていくようだ。
新月まであと2日となった夜、女は胃の辺りに差すような痛みを感じた。
(どうしちゃったのかしら・・・)
暫く、擦ったり、抱え込んだり眠れないまま、体の向きを左右に変えながら過ごした。
大きな深呼吸を何度もしているうち、痛みが薄れてきたのか、眠ってしまったようだった。
翌朝は、そんな様子は微塵もないくらい朝日が差し込む部屋で目覚めた。
「胃痙攣?胃痛?こんなことって就職の面接前夜に一度だけ経験したくらいだわ。
びっくりした。」
夫がいない夜で良かったと、心の隅っこで感じていた。
(明日・・・)

作品名:新月の夜に 作家名:甜茶