新月の夜に
外灯の少ない脇道に車を停めた。
満月が、視線の先に見えるいい場所だ。
そのうえ今夜の満月は、ひときわきれいだった。
女は、瞬きもしないようにじっと見上げたその瞳には満月は見えていなかった。
「いい月だね。」
「そうね。きっと・・」(きっと新月の日は、星がきれいに見える。天の川だって見えるかもしれないね)
そんな言葉を口にしたら、きっとこの夫は、その日も予定を入れるに違いない。
たとえ、今夜夢の最後となっても、男と逢えないのならば、空を見上げることも終わりにしよう。
月を見て重なる思いは、あの名も知らない男の面影。
(誰?あの車に同乗していた人は、あの方の好きな方?奥さまとしたら少し若い。それに今日は平日。お仕事帰りの同乗者?)
女は、嫉妬に似た気持ちを、何度もかき消した。
今夜で終わり。
くすぶる心を苦しく感じながら、女はもう一度満月を見上げた。
「きれいね・・・。」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
「はい。ありがとう、連れて来てくれて。」
夫はまた脇道を出てひと回り車を走らせながら家へと向かった。
家の近くまでくると、視線は何気なく川沿いに向いてしまう。
(あ?!車・・・どうして?)
車の先の川沿いを目でなぞる。
走る車、しかもそんなことなど気にすることなく走り抜ける車のスピードに視力がついていかない。
だが、確かに人影があった。
瞼に残るあの影と変わらぬものを見間違えるわけないと、女の妙な自信がそう思っていた。
(ごめんなさい。逢いたかった)