新月の夜に
手の甲に伝うほどの涙とともに声を上げて泣いた。
(仕方ないじゃない。わかってる。仕方ない。泣いたって何もかわらない。仕方ない。
仕方ない。だって誰にも言えない)
しばらく零れた涙もいつしか涸れていた。
女は、目の周りを黒く滲ませながら、温(ぬる)くなったコーヒーを飲んだ。
また会えるとも話せるともわからないままに流れるトキの中で女は満月の日を待った。
だが、梅雨空の日の満月は、姿を見せてはくれなかった。
そして、男も満月と同じだった。
新月の日は、女が会いにいけなかった。
たわいもない出来事でその足止めをされた女は不機嫌だった。
(こんな私を知ったら、あの人はきっと驚くか、嫌いになってしまうかしら)
洗面台の鏡に映った自分を思わず笑った。
(あの人が、私を好きかどうかもわからないのに、嫌われてしまうだなんて、可笑しい)
自分の笑顔に気持ちがほころんだ。
(まだ笑える。もし今度会えたら、ちゃんと笑っていよう。仕方ないけど好きだから)
楽しみにしていた日が近づいてくるにつれ、女は家庭でにこやかだった。
だが、満月の日、思わぬことが起きた。
「今夜って満月なんだろ?仕事が休みになったから、夜、月を見に行こう。」
夫が、提案してきたのだった。
「う、うん。はい。」
「何だよ。嬉しくないのか?」
「そんなこと。はい、嬉しいわ。」
「なんだか迷惑そうだな。」
女は、少し微笑んで首を横に振った。
「じゃあ出かけようか。」
日が暮れ、月がきれいに見え始めた頃、女は、夫の運転する車の助手席に乗った。
走り始めて、ふと川沿いを見た。
男らしき姿は見当たらない。
女は、フロントガラス越しに満月を見上げた。
(今夜で夢も終わりかな)
女は微笑んだ。
「何?どうしたの?」
夫が聞く。
「ううん。月きれいでしょ。静かに眺めましょうね。」
運転する夫に視線を移した瞬間。
(あ・・・)
擦れ違いざまに対向車線を走る車は、間違いなくあの男のようだ。
(気が付いたかしら?私の車なんて知らないはずだから・・・)
女は、少しほっとした。
夫といるところは見られたくないと思った。
だが、残像のように瞼に残った記憶の中、男の車にもうひとつの姿があることまで見えてしまった。